ファイナンス 2019年9月号 Vol.55 No.6
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ト」の定義が異なり、高度な技術を駆使した街づくりを志向するものもあれば、単に住みよいインフラ整備を指しているようなprimitiveなものもあり、玉石混合の状態である。スマートな要素としては、フィンテックやAI、生体認証の仕組みの活用なども対象となる。シンガポールでは毎年11月にフィンテック・フェスティバルが開かれるが、昨年は3日間で4万5千人が会場を訪れた。各展示ブースを見るとブロックチェーンを活用した送金、生態認証によるセキュリティ技術など様々なタイプの技術がある。シンガポールにはベンチャーやスタートアップ企業を立ち上げやすい環境があるが、実際にその技術や仕組みをどこまでビジネスに結び付けられるかは、他国と同じでまだ難しい面があるように思う。シンガポールはアイデアを試す実験場としては丁度よいサイズだとしても、利益を得る市場としては規模が小さすぎる面もある。シンガポール政府は、ベトナムやインド等の都市との間でスマートシティ建設に関する協力関係を順次結んでおり、ハード建設とソフト提供の両面で自国企業のplaying fieldを広げようとしている。3.これからのASEANと日本との関係本稿を書いている最中にも、米中摩擦は次々と新たなステージに進み、また、香港を取り巻く情勢も刻々と変化している。企業の中国大陸からの生産移管のニュースも日増しに多くなっている印象であり、1か月先の状況を想像することすら難しい。日本国内やASEAN各国から本稿を目にされた方からは、中国に対する見方が甘いのではないか、実際には各国はもう少し中国と距離を置いているのでは、とお叱りを受けるかもしれない。確かに、各国それぞれに中国とは微妙な話もあり、複雑な思いを抱く人々もいる。しかし、各国の中には他国との相互依存関係がなければ、経済的に成り立たない国があることも事実だと思う。また、ASEANには実際に多くの中国語を話す人がいるわけで、そうした人々が独自のネットワークでビジネスを拡げていく流れは止められないように思う。8月中旬にシンガポールで開かれたインフラのフォーラムに参加した際、多くのシンガポール人と中資系企業のビジネスマンが中国語で話しているのを耳にした。あるシンガポール人は私との会話の中で、「大陸の人とのビジネスは怖い部分もあるが、実際に目の前にある機会を逃すわけにはいかない」と話していた。ASEANは中国と経済面の結びつきを強めながら、中華の要素や力をうまく抱え込むことで、自らの成長に活かしているように見える。中国とシンガポール政府は現在、両国企業の第三国市場での協力を推し進めようとしている。中資系企業がASEAN各国でビジネスを行う際に、シンガポール企業と組むことで現地で直面する様々なリスクを低く抑えられることを、協力の「売り」にしていると感じる。また、中国企業の側もfine-tuning(修正)を試みている。上述のフォーラムでは、発言した多くの中国の民間企業が「グリーン」や「クリーン」を連呼し、環境や雇用といった社会配慮を意識した自社の活動をアピールしていた。こうした状況の中で、日系企業のplaying eldが中国企業のそれとバッティングしてしまうかといえば、必ずしもそうではないように思う。日系企業のアドバンテージは、過去の援助や民間投資の金額の多寡ではなく、ASEANや中国、インドに拡がる日系企業のサプライチェーンや、邦銀のネットワークの存在だと強く信じる。邦銀(地銀等も含む)がオンショア・オフショアで提供している様々な形態の企業サポートは、他の国の金融機関が提供しているものとは、その質において異なると感じている。もう1つのアドバンテージは、人の貢献だと思う。各地に出張した際に、金融や税務・関税の分野で、任地国政府や金融機関にJICA専門家として働かれている方々からお話を伺うことも多い。日本以外の国でも、特定の国や機関、分野向けに技術支援を行うところはあるが、地域全体で広範に相手国の金融や財政の制度設計をサポートしているのは、国際機関以外では日本だけだと感じる。また、各国を回っていると地元の人たちから親しまれている、良き先生役のような日本人の方に巡り合うことがよくある。こうした方々は工場だったり教育機関だったりで、現地の方々に技術を教えながら、その国の将来に本当に必要とされる「人づくり」にもご尽力されている。こうした日本人の方々の汗の結晶が、ASEANでの日本の信用を築いているのだと思う。 ファイナンス 2019 Sep.59海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連載海外 ウォッチャー

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