ファイナンス 2019年9月号 Vol.55 No.6
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2.東南アジアの経済金融情勢(1)米中貿易摩擦のマクロ経済への影響当地に来て最大の外交イベントは、2018年6月のトランプ大統領と金委員長の会談だった。私の住まいの脇を、セントーサ島に向かう黒塗りのリムジンが走り抜けていき、テレビでは1日中、関連の報道番組が流されていた。他方、経済面では、その頃から米中の貿易摩擦が始まり、長期化してきた。当初、ASEANにはプラス・マイナス両面の影響があるとの意見が多く、米中二国間の貿易取引額が減り、中国を取り巻くサプライチェーンの中で間接的な悪影響を受ける恐れや、外資企業の投資先の選択において、中国よりもASEANが選ばれるようになると予想されていた。具体的には当地では、ベトナム、タイ、マレーシアにpositiveな影響があり、インドネシアにnegativeな影響があるとの意見を多く耳にした。昨年10月に香港で会ったエコノミストは、各国の貿易の伸びが前年比10%増を維持していれば問題はないが、それを下回ると成長率に影響が出ること、また、米中の緊張はpermanentに続くと見ており、3~4年かけてじわじわと影響が顕れてくると述べていた。そこから1年が経ち、各国のマクロ経済への影響は広がっているように見える。表2及び図1のように、足元(8月末時点)では各国の輸出の落ち込みが顕著であり、それを一因に成長率が減速している。WTOの財貨貿易統計では、各国の四半期毎の輸出額(米ドル)の対前年同期比の伸び率は、数値のとれる東南アジア6か国のうちフィリピンとベトナムを除く全ての国で、本年に入りマイナスに転じている。また、昨年のピーク時の伸び率(各国の第1または第2四半期の数値)と比較すると、フィリピン以外の5か国で20ポイント(%)近く率を下げている。実質GDP成長率で見ても、経済の輸出(海外)依存度が高いシンガポールや香港では、モノの動きの停滞や外需の減退の影響をモロに受けているように見える。各国別に見ると、インドネシアでは昨年後半、輸出が低調になる一方でインフラ建設のための資本財や消費財の輸入が増え、貿易赤字に転じ、ルピアの為替下落圧力が強まった。アジア危機時の水準の1米ドル=15,000ルピアに近づいたことから、政府は部品等輸入に対して関税率引上げ等の措置を講じることで輸入を抑制し、為替市場も一旦は落ち着きを取り戻した。日系企業の中には、運転資金の調達を銀行からの米ドル借入から(金利は高いものの)インドネシアルピア建ての借入に変更したり、ASEANにあるグループ企表1 ASEANを含むアジア各国地域の規模(2018年)面積人口名目GDP1人当たり GDP貿易総額対内直接投資(フロー)日系コミュニティー(2017)千Km2百万人億米ドル米ドル億米ドル億米ドル (2017)在留邦人数日系企業数シンガポール0.75.63,64264,5826,15162036,4231,199マレーシア330323,54311,2395,5259524,4111,295タイ513695,0507,2745,0117672,7543,925インドネシア1,91426810,4223,8943,91523119,7171,911フィリピン3001073,3093,1032,3309516,5701,502ベトナム331962,4492,5645,49014117,2661,816ブルネイ5.80.413631,628109-0.517015カンボジア181162461,512465283,518309ラオス2377.11812,5681308863135ミャンマー677547121,326442432,608438ASEAN 合計4,48965429,6904,54029,5671,338194,30012,545日本との比較11.9倍5.2倍0.6倍0.1倍2.0倍12.9倍――日本37812749,70939,28714,602104――中国(大陸)9,5631,393136,0829,77145,0781,36398,63530,945香港1.17.53,63048,7177,5821,04325,5271,404台湾36245,89025,0267,2633321,0541,179韓国1005216,19431,36311,54017139,778945インド3,2871,35327,2632,0168,1413999,1974,805(出所)世界銀行、IMF、UNCTAD、日本外務省統計等から作成 ファイナンス 2019 Sep.47海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連載海外 ウォッチャー

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