ファイナンス 2019年8月号 Vol.55 No.5
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評者荒巻 健二松元 崇 著日本経済 低成長からの脱却 縮み続けた平成を超えてNTT出版 2019年3月 定価 本体1,900円+税平成の経済低迷令和の時代に入り、平成の30年間を振り返る多くの書が出版されている。平成の時代の出来事を挙げれば、バブルの崩壊、経済低迷、金融危機、デフレと経済に関するグルーミーなものが多く、「失われた10年(あるいは20年、更には30年)」と日本経済の低迷と世界での地盤沈下を嘆く言葉が広く浸透している。事実、日本経済の成長率は、バブル崩壊後平均約1%でこの間の先進国平均の2%超の半分以下であり、世界GDP(名目)に占めるシェアは、1994年の18%弱から2017年の6%へと3分の1に低下した。長期低迷の原因-3つの解釈何故日本経済はかくも長きにわたり低迷したのか。これまでに提示された議論は、3つに分類できる。生産性上昇の遅れ、人口動態等供給側に着目する供給要因説、需要不足に着目し、それを放置したとしてマクロ経済政策(特に金融政策)を批判する需要要因説、不良債権問題による貸し渋りなど金融セクターの機能不全を指摘する金融セクター要因説である。2013年にアベノミクスが本格的に始動する前までの広範な日銀批判に見られたように、この間の経済論議においては需要要因説に立つ議論が多かったが、労働時間の減少(林文夫氏)や少子高齢化・グローバル化への対応の遅れ(白川方明氏)などを指摘する供給要因説も一定程度存在した。本書の主張-原因は終身雇用制本書は、日本経済の長期低迷は、労働生産性の伸びの低下によりもたらされたものであるとし、供給要因説に立つが、その顕著な特徴は、労働生産性の伸びの低迷の原因は、終身雇用制度にあるとする点である。終身雇用制度は年功序列型賃金体系と企業別労働組合とともに日本の労働市場の特性であり、1980年代まで日本の高成長の源泉の1つとされてきた。しかし、著者によれば、90年代以降のIT技術の進展により企業の生産活動が国境を越えて最適地立地されるようになると、海外に比べ労働コストが固定費化されやすい終身雇用制度の下にある日本の企業は国内での投資を逡巡するようになり、労働生産性が上昇せず、成長の低下が生じたとする。終身雇用制の背後にある企業依存の社会システム本書の優れた点は、こうした終身雇用制度が、著者の言う「人生後半の社会保障制度」という日本の社会保障システムの特徴とセットとなっていることに分析を進めているところにある。この「人生後半の社会保障制度」とは、新卒一括採用の下でいわば無色の人材を採用した企業に、社員の職業教育や社会保障を丸投げし、国は企業に面倒を見てもらえなくなる退職後の高齢者や真に困っている人々の支援に専念する仕組みを指す。この仕組みの下にある限り、社員は人生の途中で企業を解雇されると極めて困難な状況に陥ることから、裁判所も企業がつぶれるといった事態にならない限り解雇できないという「解雇権濫用の法理」を打出し、その結果こうした社会保障システムが国民に受入れられていったとする。現役世代から高齢世代への膨大な移転かかる分析の論拠として著者が提示している「国民1人当たり社会保障給付と負担のイメージ」の図(p153)は極めて興味深い。同図は、著者が事務方を務めていた経済財政諮問会議に2007年に提出された資料を改定したものであるが、日本の現在の社会保障制度の下では、支え手である20~64歳の人は1人当たり年間154万円の社会保険料・公費負担を負っているが、うち111万円(72%)が高齢者向けで、64歳以下の医療、年金などは残る43万円(28%(うち児童向けはわずか7万円(5%)))に過ぎない。公的な制度は現役世代の負担で高齢世代をサポートする形で構築されており、現役世代のサポートは企業に頼るか家族も含めた自力に期待せざるを得ないということであろう。海外へのシフトと非正規化による企業の対応こうした状況下、既存の労働者は終身雇用の見直し38 ファイナンス 2019 Aug.FINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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