ファイナンス 2019年8月号 Vol.55 No.5
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(2)負担の問題e-kronaの制度設計に際し、中央銀行マネーである現金を補完する位置付けとの前提に立てば、現金を利用可能とする環境の維持は別途、手当されることになろうが、デジタル・ディバイド対策をデジタルで仕組むとなれば様々な対応が必要となろう。誰もが最新のモバイル端末を手ごろな価格で入手でき*20、問題なく使いこなせる社会*21であれば、モバイル決済は時間の経過とともに一層、普及する可能性があるが、上記のような事情もあり、スウェーデンの将来がそのようなものであるかは明らかではない。Swishもソフトやシステムの更新、セキュリティ対策などを幅広い世代のモバイル端末に向けて対応し続けるコストを負うことになる。現在、個人についてはSwishの利用は課金されていないが、団体・法人については利用に手数料が課されて現金に比し割高になっており、中小事業者等からも、現金利用可能な環境を望む声が上がっているとされる。現金取扱支店が減少したことにより、現金の保管・運搬等のリスク管理とコストは銀行の外に転嫁されており、銀行に対し現金取扱いを法令で義務付けること*22は、このリスク・コストについて銀行に応分の負担を求める動きともいえるが、銀行界はコスト増加を理由に消極的であるとされる。リスクやコストを誰がどのように負担することが妥当であるかは、今後、スウェーデンでも議論が進展するとみられるが、仮に社会内部の格差が拡大する状況であれば、弱者(デジタル・ディバイド、中小事業者等)により多くの負担を求める仕組みへの支持が得られるかは予断を許さない。*20) 2018年の全世界でのスマートフォン出荷台数(シェア)は、米の調査会社IDCの発表によると、2位のアップル(2億880万台14.9%)に3位の中国の華為技術が280万台差(2億600万台14.7%)まで迫った(1位はサムスンの20.8% https://www.bcnretail.com/market/detail/ 20190131_103280.html)。 華為技術のスマートフォン出荷台数は近年、急成長しており、ハードウェア部品のサプライチェーンのみならず、ソフトの搭載、知的財産権関連の契約でも各国サプライヤーと取引がある。そのような状況下、2019年5月15日、米国は、自国の安全保障に脅威をもたらしうる企業の通信機器使用を禁じる大統領令署名(https://www.whitehouse.gov/briengs-statements/statement-press-secretary-56/)、17日には輸出管理規則に基づく禁輸措置対象リストに華為技術本社及び関連法人を掲名したことを発表しており(https://www.commerce.gov/news/press-releases/2019/05/department-commerce-announces-addition-huawei-technologies-co-ltd) 今後、スマートフォンの全世界的供給、各サプライヤーの事業への影響が注目される。*21) サイバー攻撃が進化し続ける中、スマートフォンに対する新たな脅威が報道されている(例えば、Financial Times Wed 15 May 2019 “WhatsApp hack allowed security spyware to be loaded on phones”)。Facebook傘下で提供されているメッセージアプリ、WhatsAppの脆弱性を狙い、電話をかけただけで(応答せずとも)イスラエル企業の製品であるスパイウエアをインストールでき、着信履歴は多くの場合消去されるという(https://www.ft.com/video/1b788580-45b8-4154-a296-de6c137e997a)。親会社Facebookについても、同時期の報道として、「フェイスブックを襲う『第2のケンブリッジ・アナリティカ』」(https://forbesjapan.com/articles/detail/27256)がある。なお、モバイル支払促進手段として利用されるポイントプログラムについても「ハッカーのハニーポット」と指摘する専門家がある(5月16日CNET https://japan.cnet.com/article/35136974/)。*22) スウェーデン国内に700億クローナ超の預金を保有する金融機関を対象。*23) Federal Deposit Insurance Corporation(https://www.fdic.gov/householdsurvey/)*24) https://digiday.jp/brands/cashless-movement-grows-retailers-grapple-ethical-implications/(3)米国における現金拒否禁止立法化等の動きア. Unbanked・Underbankedの存在本稿で概観したスウェーデン、ドイツ、及び我が国では、銀行口座が個人にほぼ普及しており、金融包摂自体はあまり大きな課題ではないとみられるが、米連邦預金保険公社(FDIC)の調査(2017年)によれば、米国では銀行口座を有していないUnbanked世帯は6.5%存在し、制約のある銀行口座の利用に限られているUnderbanked世帯は全体の約4分の1存在するとされている*23。所得の低い層での高い現金支払比率も指摘されており(25千ドル未満/年所得者の現金支払比率47%、125千ドル以上では24%)、現金支払拒否はこれらの層を社会生活から排除することにつながりかねない。このような事情を背景に、米国では現金受取義務付け立法の動きがあり、例えば、本年2月、ペンシルベニア州フィラデルフィア市で現金支払の拒否を禁止する条例案が成立、3月にはニュージャージー州でも立法化され、他にも同様の動きがワシントンD.C.やニューヨーク市等に見られると報じられている。一方、効率化や犯罪被害のリスク低減を望む小売業者等からは「現金お断り」を禁止しないで欲しいと望む声も上がっているとされ、現金決済を必要とする人々の社会生活が継続できるような環境維持との間でどのような立法的解決が可能か模索されている模様である*24。イ. Amazon Goの現金支払可能化が意味するもの小売の世界を大幅に変え、金融サービスにも進出している巨大IT企業、Amazonについても、Amazon Goの見直し報道が出ている。同社は、支払手段にリン30 ファイナンス 2019 Aug.SPOT

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