ファイナンス 2019年7月号 Vol.55 No.4
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1年で1ドル=18.77ペソ(2017年12月末時点)から37.81ペソ(2018年12月末、出典:アルゼンチン中央銀行)まで101.4%減価し、輸入物価上昇等によってインフレ率も47.6%(2018年12月時点)まで上昇しました(図1参照)。しかし、前述のドル等での貯蓄を考慮すれば、国民の貯蓄の多くがダイレクトにペソ減価の影響を受けるわけではなく、また、タイムラグはあるものの、強い労働組合を背景にインフレ率を考慮してペソ建て賃金も適宜引き上げられるため、ペソ急落と高インフレによって国民生活が完全に崩壊するようなイメージで捉えてしまうと実態を見誤ってしまいます。(3)アルゼンチン経済「ペソ化」への道のりアルゼンチン経済の脆弱性は、恒常的なインフレ・ペソ安及び金融機関への不信を背景に、国内金融機関への貯金率が低く、国内の資金がそれを必要とする各産業に回るような国内金融システムが育っていないため、海外からの借り入れに依存するしかないという構造にあります。現マクリ政権ではこの根本原因たるインフレを退治し為替の安定を取り戻すべく金融引き締め政策(2019年5月末時点で政策金利は70%超)を行っていますが、国民のペソへの信任回復にはまだまだ道半ばという状況です。例えば、定期預金は5月末時点で年利は約50%もありますが、前述の通り2018年に通貨が101.4%減価したことを考慮すれば、それでもドルで運用した方が良いと思う国民は多いでしょう。高金利もあって足下では、ペソ建て定期預金残高も増加傾向にはありますが、大半が1、2ヶ月の超短期の定期預金となっており、定期預金を利用する人も日々の為替相場のボラティリティをチェックしながら、「今月はドルで持っておいた方が得か、それともペソの定期預金に入れた方が得か」を毎月判断しているようです。国民がペソへ信任を取り戻すことは一朝一夕で達成できるものではなく、経済を安定させるためには引き続きの辛抱強い政府のコミットが求められます。*4) 2018年11月8日中銀コミュニケA 6595:金融機関が海外から短期の資金調達を行う場合に、調達額の一定比率分を中銀の準備預金(無利息の当座預金)に預け入れることが義務づけられた。2  2019年10月の大統領選挙を 取り巻く政治情勢(1)マクリ政権の評価マクリ政権は、2001年末のデフォルト以降12年も続いた左派のキルチネル政権(夫ネストル・キルチネル:2003年5月-2007年12月、妻クリスティーナ・フェルナンデス・キルチネル:2007年12月-2015年12月))、特に2011年11月以降の第二次クリスティーナ・フェルナンデス政権が行った外貨取得規制などの閉鎖的な経済政策及び汚職蔓延への反動として支持を集め、2015年12月に誕生しました。マクリ政権は前述の前政権における内向きの規制を撤廃し、為替の自由化、外貨取得規制の撤廃など自由開放的な経済政策を行いました。これらは経済界からは評価された一方で、ホットマネー対策としての海外からの短期投資資金の滞留義務も撤廃したことが、高金利のペソでのキャリートレードが活発化するなど短期資金流入を招き、2018年初頭からの新興国からの資金引き上げ局面での脆弱性を自ら高める結果となったとも言えます。2018年11月には形を変えてホットマネー対策を導入*4し、他にも政権交代を機に輸出振興を財政再建より優先して輸出税の漸次撤廃を進めたものの、財政収支目標達成のために2018年9月から全ての財・サービス輸出への課税を再導入するなど、一部政策の揺り戻しが見られたように、政権当初の改革は一部時期尚早だった面があったものの、オーソドックスな経済政策を採用し、政権幹部の多くが民間出身でクリーンなイメージのあるマクリ政権は、昨年の経済危機に際しても迅速にIMFの支援を取り付け、G7も改革努力へのコミットメント支持を表明するなど、国際的な評価は引き続き高いと言えます。私が着任してからも、2017年12月のWTO閣僚会合(MC11)、2018年3月の米州開発銀行(IDB)年次総会の他に、2018年のG20ホスト国として毎月のように閣僚会合が行われ、11月30日及び12月1日にはG20首脳会合が成功裏に開催されるなど、様々な国際会議がアルゼンチンで開催され、マクリ政権になって国際社会でのアルゼンチンの存在感は確実に増しました。日本との関係58 ファイナンス 2019 Jul.連載海外 ウォッチャー

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