ファイナンス 2019年7月号 Vol.55 No.4
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が盛り込まれた。「25km」は、直線距離で日本橋から横浜に達する程度の距離であり、せめてその距離の範囲内では現金の入出金拠点を維持するべきであるとの提案がなされていることになる。ちなみに、これが「反キャッシュレス」の主張でないことには留意すべきであろう。「銀行は現金の取り扱いについてもっと責任を持つべき」と政府に訴えたPRO(年金生活者の全国組織)*8等も、デジタル決済の普及は歓迎しつつ、現金利用が困難化すること・割高になることは高齢者、障害者、中小企業、過疎地の住民等にとって問題であるとして、現金利用が可能である状況の確保を求めている。高齢者等の他にも、スウェーデン国内に銀行口座を有しない旅行者、移民などは、Swishが利用できないため、現金による支払いを望むかもしれない。なお、現金が利用困難となる影響範囲は、特定のグループに限られない可能性もある。例えば災害等による停電、通信の障害等(ネットワーク障害、システムの停止、端末の故障、サイバー攻撃等)でカードやモバイルが使えなくなった場合には、いわゆるキャッシュレス支払手段が利用できなくなり、そのような場合に現金が利用しにくくなっていると、財やサービスの購入が困難になる事態も想定される。キャッシュレス支払手段が利用できない状況とは、災害等のリスクが顕在化した環境下であるかもしれない。そのような状況下で一切の支払手段が存在しない状態は、社会の混乱や不安定化を助長する可能性もあり、平時から回避策を講じておくべき事柄と考えられる。このような背景もあり、2018年、スウェーデン政府は戦争、テロ、自然災害等に備えるため念のために現金を手元に保有することを奨励するパンフレット*9を配布したとされ、その影響もあってか、同年の現金流通残高は対前年比増加している。(3) 現状の問題点(その2) ~中央銀行マネーへの国民のアクセス~キャッシュレス化が進展した状況下で中央銀行が指摘する第2の問題は、一般の国民が利用可能なリスク*8) Pensionärernas riksorganisation [the Swedish National Pensioners’ Organisation](HP:https://www.pro.se/)*9) Swedish Civil Contingencies Agency(2018)*10) Sveriges Riksbank(2017)、Sveriges Riksbank(2018b)*11) Skingsley(2018)のない資産、中央銀行マネーへのアクセスが停止することである。中央銀行は、当然のことながら現金の外部ネットワーク効果の低下に問題意識を有し、現金取扱いの義務付け法案の方向性に賛成しつつ、対象金融機関の範囲拡大、法貨の位置付けの明確化等も求めている。その上で、商業銀行マネーのみが利用される社会が現実のものとなる場合の問題点を考察し、商業銀行マネーがリスクフリーの資産ではないこと、提供されるサービスは利潤ベースのものであること等を踏まえ、IT化の時代に求められる中央銀行マネーのあり方を模索し始めている。この取組は「e-kronaプロジェクト」と呼ばれ、2017年から正式に検討が開始され、検討状況は「リクスバンクのe-kronaプロジェクト」と題する報告書として2017年9月、2018年10月に公表されている*10。e-kronaの検討のスケジュールは当初見込みより遅れており、本年又は来年にも実施とされる試行の内容も未定である。中央銀行デジタル通貨は、現金利用の補完的位置付けと整理されているが、現金利用を必要とする層への対応策として有効性をどう確保するか、商業銀行との競合関係の整理等、論点は多岐にわたり、今後、関係者との広範囲な調整が待たれている。換言すれば、e-kronaはキャッシュレス化を政策的に推進した総仕上げとして現金を置換えるために検討されているというよりは、Market driven processの下で現金の需要が減少し、外部ネットワーク効果が低下したことを受けて、デジタル化時代に現金を補完する、新たな中央銀行マネーとして模索されているといえる。このデジタル中央銀行マネーについては、スウェーデン中銀幹部の講演等でも新たな時代に向けた「備え」としての検討と言及されており*11、社会的合意を得たe-kronaの試行がどのようなものとなるかについては、今後の検討が待たれる。 ファイナンス 2019 Jul.45スウェーデンのキャッシュレス化・ドイツのキャッシュレス化(上)SPOT

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