ファイナンス 2019年7月号 Vol.55 No.4
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2スウェーデン(1) キャッシュレス化の進展: “Market Driven Process”スウェーデンにおける支払のキャッシュレス化は、政府や中央銀行による政策的なキャッシュレス化推進の結果ではなく、“Market Driven Process”によるものと説明される。スウェーデンにおいて「市場主導」のキャッシュレス化が進展した背景にはいくつかの要因が挙げられている。先ず、1990年代からのIT化推進策の結果、社会全体のIT化水準が向上したこと。スウェーデンの経済・社会のデジタル化の進展は、欧州委員会の2018年調査によれば加盟28か国中、第2位とされている*2。第2に2003年の国民投票の結果、ユーロへの参加が否決され、人口約1千万人の国家で自国通貨、それに応じた決済システム、金融システムを維持・確保することへの問題意識があったとされる。特にeコマース市場の成長等、IT化が進展した時期にあって、全世界的に決済サービスを提供する外国系IT企業の進出・市場席捲に対し、IT化推進国であったがゆえに問題意識が高まったことは想像に難くない。第3にスウェーデンの金融界の特色が指摘されている。具体的には、スウェーデンの市場規模を踏まえ、過当競争に陥ることを避け、共通インフラ(BiR、BankID、Swish*3)を構築する面では協調し、その上で競争するという方針で主要銀行が一致して取り組んだことが2012年に開始されたモバイル決済サービス、Swishの普及につながった。金融機関に対する国民の信頼性が高かったことがサービス利用の広がりにつながったとの指摘もある。第4に、現金取扱環境の悪化がある。2000年代以降、犯罪被害のリスクを理由に、現金を取り扱う公共交通機関や金融機関従業員から現金取扱業務を不安視する声が上がり、現金取扱にかかる警備費用等が高騰した結果、現金取扱が高コスト化したとされる。他方で、現金を取り扱う支店やATMが削減される中でも、*2) European Commission(2018)*3) Swish参加金融機関は今後の経済デジタル化の下でシェアエコノミーが拡大すればモバイルを通じた個人間の簡便な金銭のやり取りは更に利用されるとも見込んでいる。*4) Sveriges Riksbank(2018a)*5) https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57100*6) スウェーデン国内に700億クローナ超の預金を保有する金融機関を対象。*7) Riksbankskommittén(2018)利用者は店舗等での支払に際してカード利用(デビット・クレジット)が広範囲に可能であり、2012年以降、Swishが普及すると個人間支払も簡便にキャッシュレスで行えるようになった。最近のデータではATMから現金を引出す頻度は月1回未満という回答が4割で最多となっている状況にあり*4、市場が現金に対する需要を低下させ、キャッシュレス化が進展したことになる。(2) 現状の問題点(その1)~現金利用の困難化~キャッシュレス化が進んだ現状について、スウェーデンでは大別して2つの問題が指摘されている。第1は、キャッシュレス化が進展した結果、現金の利用がしにくい状況が生じ、生活に支障を感じる人々が出てきている点である*5。銀行が現金取扱い支店等を減らした結果、現金の入出金が不便になっており、店舗等において現金の受取を拒否する動きが拡大、今後も増加することが予想されている。すなわち、犯罪被害のリスクを避けるために現金を扱う金融機関の支店が減少すれば、売上金の入出金等が困難になり、現金の保管等は受け取った商店等が担うことになるため、犯罪被害のリスクが転嫁される可能性が生じ、商店等がそのようなリスクを避けたいと考えれば、現金を受け取らないと宣言することになる。この結果、現金、すなわち中央銀行マネーの外部ネットワーク効果は更に低減し、現金の利用が困難になれば、財やサービスを現金で購入しようとする人々は、社会生活から排除されるリスクに晒されることとなる。このため、例えば年金生活者の団体から、現金利用が可能となるような対応を金融機関等に求める動きが起こり、政府に署名が提出されたこと等を受け、2018年6月には特定の金融機関(大手銀行)*6に対して現金の預入・引出が可能となるように妥当な提供を義務付ける等を内容とする立法が、議会の調査委員会から提案されている*7。その中では、人口の99.7%が25km圏内で現金の引出が可能であること等の具体案44 ファイナンス 2019 Jul.SPOT

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