ファイナンス 2019年6月号 Vol.55 No.3
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わが愛すべき80年代映画論(第十九回)文章:かつお『ポリス・ストーリー/香港国際警察 4K Master Blu-ray』発売元:ツイン 販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント(C)2010 Fortune Star Media Limited. All Rights Reserved.監督・脚本:ジャッキー・チェン主演:ジャッキー・チェン『ポリス・ストーリー/香港国際警察』(原題:警察故事)1986年土曜の夜。家族が集まって観るのは、そう、「8時だョ!全員集合」。あるいは、少しお笑い意識高い系のご家庭ならば「オレたちひょうきん族」と相場が決まっていた。それが終われば、子供は寝る時間。特にそのあと、アンニュイな音楽とともに『エマニエル夫人』シリーズ(フランス)が12チャンで始まりそうな空気が流れる夜には、いつもの母親に代わり父親が「ほら、早く寝なさい」「ぐっすり寝なさい」と、過剰にノンレム睡眠を促してくる。1980年代、そんな経験を誰でも持っているのではないか。しかし時折、そこから更なる楽しみが待っている夜がある。そう。「ゴールデン洋画劇場」でジャッキー・チェン*1の映画がやる夜、いわゆる「ジャッキーナイト」である。この日ばかりは仕方ない。子供たちのあまりにワクワク感に、親の睡眠催促も俄然弱まるのである。映画開始数分後に初登場する主人公ジャッキー・チェン(吹替え:石丸博也)。その下は、必ず「役名(ジャッキー・チェン)」のテロップ。だいたい役名は「チェン」か「ドラゴン」の二択である。その時点でもう大興奮である。過剰に悪者をやっつける「やりすぎ刑事」ジャッキーと、何の罪かはよく分からないが私腹を肥やしていそうな敵のボス。いつもお小言を言う保身・七三分け・ヒョロガリのエリート署長と、ジャッキーに同情的な係長。まさにスーパーエクイリブリウムの安定感。そうした、僕らを超絶ワクワクさせてくれたジャッキー映画の中でも、『プロジェクトA』(1985年香港)と並ぶ最高傑作が本作である。ストーリーは、麻薬・殺人など何でもやるマフィアのボスのチュウ・タオを追い詰めた香港警察が、山奥の斜面になっているスラ*1) DVD表紙画像参照*2) そう聞くと「香港映画のテキトー感」を感じる向きもあるかもしれないが、そもそも、走行中のトラックの前部から転げ落ちそうになるも、トラックの下を潜り抜けて後ろの荷台に乗り込む、というたったそれだけのアクションシーンを撮りたいという気持ちから、『レイダース/失われたアーク』(1981年アメリカ)が生まれたことを忘れてはいけない。ム街で大立ち回りをするところから始まる。逃げるチュウと、追う警察。斜面を走るカーチェイス。ボスが乗り込んだ二階建てバスに傘を引っ掛けてまで追う「やりすぎ刑事」チェン。挙句に逮捕するも、ひどい裁判の果てに釈放されてしまったボスに命を狙われるチェン。最後は香港の大きなデパートで、マフィアたちとチェンの大格闘シーンである。そしてクライマックス。本作の代名詞ともいうべき、地上3階から地下1階まで、ポールを一気に滑り降りるミラクル・スタント。圧巻である。昨今、エロカッコイイなどとのたまい、「ダイエットのためにポールダンスやってるの」などという舐めた女子が散見されるが、ポールとはそんなに甘っちょろいものではないということを、本シーンを観て学んで欲しいものである。ジャッキーのカンフーを一言でいえば、格闘技としてはお粗末である。手打ちのパンチと腰の入らないキック。実際の闘いで有効な打撃は皆無である。それを若干の早送りと過剰なスローモーションでそれらしく見せているだけであるが、ブルース・リーが本物の格闘のセオリーをそのまま芸術の域まで高めた天才だとすれば、ジャッキー・チェンはしかし、反射神経を芸術に昇華させた天才であると言えよう。それだけは間違いない。ちなみに本作、「急斜面でのカーチェイス」、「二階建てバスの追跡」、「デパートでの大バトル」という3つのシーンが先にあり、ストーリーを後から付け足したという映画*2であることはあまりにも有名。それだけに、その3つのシーン以外のストーリーは全然面白くない訳であるが、どんなスタンスペーパーだろうと、骨格さえしっかりしていればそれらしく見える。ということを、僕たちに教えてくれることは言うまでもない。52 ファイナンス 2019 Jun.わが愛すべき80年代映画論連載わが愛すべき80年代映画論

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