ファイナンス 2019年6月号 Vol.55 No.3
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アップデート作業にあたるケースが多く、3つのモデルの中で最も高い開発維持コストがかかるものと思われる。3.ケーススタディ第2節までにおいて、各モデルの性質について言及してきた。第3節では、海外機関におけるマクロ経済モデルの活用事例を、数点取上げることとしたい。第一に、米国議会予算局(Congressional Budget Oce, CBO)で用いられている準構造型モデル(CBO’s Macroeconometric Model)である。モデルの詳細はArnold(2018)に譲ることとするが、約600本の方程式から構成された大規模型モデルであり、CBOはこの独自モデルを用いて、向こう10年にわたる経済変数の予測を実施し公表している*15。このモデルは消費や投資といった総需要に関する変数に加え、潜在生産量や物価、金利等の幅広いマクロ経済変数を取扱っているが、同時に労働参加率や経済成長率をそれぞれ扱うサブモデルを別途運用し、モデル間の相互のフィードバックを経て、経済変数の予測が行われている*16。留意するべき点は、CBOはこのモデルを専ら予測にのみ活用している点である。予測を行うにあたりCBOは、現在の政策が今後も続くと仮定した場合のプロジェクションを示しているに過ぎず、将来に何らかの政策が変更されるシナリオの分析には、本モデルは用いられてはいない。この点は、将来の政策変更を考慮した米国行政管理予算局(Oce of Management and Budget)の予測との重要な違いであると言える。また、予測のプロセスにおいては、外部専門家からの助言も仰ぎながら進めることで、他機関の分析結果と大差のない予測値を作成しているという点も興味深い*17。第二の具体例として、国際通貨基金(International Monetary Fund, IMF)が保有するモデルについても言及する。IMFは加盟国の経済財政に関する提言を行っているが、その際にもしばしば言及されるモデルとして、Global Integrated Monetary and Fiscal(GIMF)モ*15) 予測結果は“The Budget and Economic Outlook”および“An Update to the Economic Outlook”にて年2回公表されている。*16) 本モデルから得られた結果を用いて、別途財政に関する予測も実施している。ただし、その際はCBO’s Macroeconometric Modelとは異なる建付けで予測が行われ、両者の間でもフィードバックのやり取りが行われている。*17) CBOの予測と他機関の予測の際については、Congressional Budget Ofce(2019)にてその差について検証している。*18) FSGMに特化した紹介は、石川(2016)が詳しい。デルがある。GIMFモデルは2000年代後半に開発された、およそ5000本もの方程式を含む大規模多地域型DSGEモデルであり、構造改革を含む政策効果の検証に用いられている。他方で、経済指標の短期予測に用いるツールとして、IMFではGlobal Projection Model(GPM)も保有されている。モデル構造自体は第三世代モデルに分類されるプロジェクションモデルと似ているが、GPMは他国経済の存在を強く意識した多地域型モデルである点が特徴である。GIMFモデルと比較すると規模は小さく、学術界で一般的に使われるDSGEモデルほど理論との整合性を重視するわけではないが、ニューケインジアン型のISカーブとフィリップスカーブを核とし、将来の期待に大きな役割を担わせているモデルである。したがって、予測に加え、多地域型モデルという強みを生かし、各国経済間におけるスピルオーバー効果の分析に用いることも可能である。なお、近年においては、Flexible System of Global Model(FSGM)というモデルも開発されている。FSGMの特徴は、GIMFモデルをベースとしながらも、GPMに似た比較的簡略なモデル構造を採用することにより、多くの国と地域を分析対象に含めている点である。その分析結果はIMFの相互評価プログラム(G20 Mutual Assessment Program)にて活用されている*18。こうしたIMFのモデルは、いずれも政策変更を含むシナリオ分析を行うことを想定して構築されたモデルであり、近年の学術界でのトレンドを織り込んだものとなっている。4.結語本稿では、マクロ経済モデルを先行研究の整理に沿い分類を行い、モデルの性質や運用コストの側面から、その特徴を整理した。Pagan(2003)が提唱したベスト・プラクティス・フロンティアの考え方によれば、マクロ経済モデルにはデータとの整合性と理論的整合性にトレードオフが存在している。すなわち、あらゆる目的に対応できる万能なマクロ経済モデルは50 ファイナンス 2019 Jun.連載日本経済を 考える

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