ファイナンス 2019年6月号 Vol.55 No.3
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2.3 準構造型(Semi-Structural)モデル前述にて、データとの整合性の高いVARモデルと経済理論を織り込んだDSGEモデルについて言及した。準構造型モデルは、現実のデータと経済理論の双方とバランスよく整合的に作られているという点で、VARモデルとDSGEモデルの折衷型であり、図1のフロンティア上ではVARモデルとDSGEモデルの中間に位置づけられる。起源はTinbergen(1936)まで遡るが、その後時代とともに改良が進み、今日においては、中央銀行や財政当局といった政策当局におけるメインモデルへと発展した。Fukac and Pagan(2010)によると、準構造型モデルは4つの世代を経て、理論およびデータ双方の整合性の改善が進んできた。「クライン型モデル」等に代表される、1950年代に端を発し用いられた最初の世代は第一世代モデル(1G model)と呼ばれ、今日の大規模モデルの多くはこのモデルが端緒となった。それに続く70年代から80年代半ばの第二世代モデル(2G model)は、モデルの方程式に誤差修正メカニズムを組込んだものである*10。80年代後半から90年代に生じた第三世代モデル(3G model)の大部分はいわゆる「プロジェクションモデル」と呼ばれるもので、特に短期の分析に強みを持つモデルである。90年代から2000年初期にかけて中央銀行を中心に開発が進み*11、今日においても活用されている。第二世代モデルと比較したときの特徴として、第三世代モデルは将来期待を表す変数を含んだ構造方程式が一部用いられているほか、ルールに基づく政策*12や定常状態の存在等が追加されたモデルである。2000年以降の第四世代モデル(4G model)は学術界のDSGEモデルの要素をより強く反映させたモデルであり、第三世代モデルとともに、今日の政策当局において活用されている。第三世代モデルに比べて、第四世代モデルは経済ショックがモデルに明示的に組込まれている点や、摩擦や経済主体の異質性等がより厳密に考慮されている(Fukac and Pagan , 2010)。*10) ショックが生じても長期的には均衡値に収斂するよう、方程式に誤差修正項を加えたもの。*11) BoC-QPM(カナダ中央銀行)、FPS(ニュージーランド準備銀行)、BEQM(イングランド銀行)、JEM(日本銀行)等が挙げられる。*12) 例えば、政策金利水準をインフレと生産量の関数と想定するテイラールール(Taylor, 1993)等。*13) 基本的な政策効果の分析ならばより構造的なモデルを、より細分化された経済変数の予測を行う場合は大規模モデルを、それぞれ使う必要があるだろう。*14) National Institute of Economic and Social Research(英国)や、GPM Network(チェコ)等。他方で、第四世代モデルは一般的な中規模型DSGEモデルよりも規模が大きい傾向にあるほか、将来予測にも用いられることからデータとの整合性により力点が置かれている点が特徴である。図2では、準構造型モデルの発展の軌跡をベスト・プラクティス・フロンティアを用いて示している。楕円部分は、各時代における準構造型モデルが占める領域である。フロンティアのカーブそのものは時代とともに右上方向へと拡大しているが、これは分析手法やコンピュータ技術の発展に伴い、理論とデータの両方との整合性が改善されてきたことを示している。他方、準構造型モデルについて着目してみると、理論とデータの整合性のバランスが改善する形で準構造型モデルが発展してきたことで、楕円の領域は45度線近傍に近づいてきている。また、楕円領域そのものが時代とともに拡大しているが、これは政策当局が目的に応じて多様な準構造型モデルを開発してきたことが背景にある*13。多くの機関では自国経済独自の事情をより強く反映させた自前の小国開放型モデルと、国際機関やその他研究機関等*14が開発・提供している多地域型開放経済モデルの双方を保有し、分析目的に応じて使い分けている。前述のとおり、準構造型モデルは比較的大規模なモデルであり変数間の関係が複雑であることに加え、モデルによって前提や変数間の関係が異なることも多い。そのため、実際の運用にあたっては、その特定のモデルの専門家がチームとなってメンテナンスおよび図2 ベスト・プラクティス・フロンティアの変遷(出所)Yagihashi(2019)理論的整合性実際のデータとの整合性DSGEモデル(Smets and Wouters, 2003)クライン型モデル(第1世代)IS-LMモデルAS-ADモデルリアルビジネスサイクルモデル(Kydland and Prescott, 1982) 第2世代第3世代第4世代第5世代45度線 ファイナンス 2019 Jun.49シリーズ 日本経済を考える 90連載日本経済を 考える

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