ファイナンス 2019年6月号 Vol.55 No.3
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2.1  ベクトル自己回帰(Vector Autore-gression, VAR)モデルVARモデルは1980年代初頭に開発されたモデルで、変数の過去のトレンド情報に基づいて将来の数値が定まる、いわば「データそのものに語らせる」手法である。当初のモデルは理論的な制約条件を最小限に抑えたものであったが、最近では構造型VARや時変係数VAR、グローバルVAR、ベイジアンVARといった、より多様なモデルが開発され、財政当局によっても活用がなされている(Hjelm et al., 2015)。VARモデルの大きな特徴は、モデルの結果と現実のデータとの間の整合的を重視し、比較的短い将来の予測精度に特化している点である。他方で、基本的には過去のデータに基づいた推計を行っているため、将来期待の変更が現在の行動に影響を与えるメカニズムを十分に内包していない。図1で示される通り、ベスト・プラクティス・フロンティア上では、データとの整合性に特化した位置づけにある。VARモデルは広く流通している統計ソフトウェア(EViewsやSTATA等)の初期装備として用意されていることや、オンライン上でのプログラムコードの入手が容易ということもあり、最も低コストのモデルと評価できる。加えて、VARモデルは手法の枠組が比較的容易であるほか、メンテナンスの多くがデータの更新作業であるため、ノウハウの引継ぎも容易である。ただし、Murphy(2017)も言及しているが、VARモデルは財政当局が求めるようなあらゆる期間にわたる大量の経済変数の予測という目的には必ずしも適合していないため、財政当局ではメインモデルとしてではなく、メインモデルから得られた結果のクロスチェックのツールとして用いられている*5。2.2  動学的確率的一般均衡(Dynamic Stochastic General Equilibrium, DSGE)モデルDSGEモデルは、家計や企業等の経済主体の合理的な行動様式を織り込んだモデルで、過去30年にわた*5) 米国連邦準備制度ではFRB-USという準構造型モデルを用いてマクロ経済分析を行っているが、その結果を、VARモデルを使って推計した期待変数を用いた結果と比較して、検証を行っている(Brayton et al., 2014)。*6) ここで言う摩擦とは、価格や賃金の硬直性(名目的)や、投資の調整コストや情報の非対称性に起因するエージェンシーコスト(実質的)等を指す。*7) 例えば、家計の消費はその時の所得水準に比例して増加する、という誘導型の方程式を仮定する等である。この場合は、過去のデータから家計の限界消費性向がパラメータとして推定され、その値が将来にわたり変わらないと仮定したうえで、将来の消費が定まることになる。*8) 別の表現をすると、将来期待が変わることで、誘導方程式におけるパラメータも変わり得るということである。*9) ディープ・パラメータの例として、異時点間の消費代替弾力性や産出に関する資本弾力性が挙げられる。り経済学の領域の最前線で発展してきた。技術進歩といった実物要因が景気変動を引き起こすというリアル・ビジネス・サイクルモデルに端を発し、その後、名目的・実質的摩擦*6や財政金融政策、生産コストショック等の経済的ショックがモデルに組込まれ、今日の学術界において標準的に用いられる中規模型DSGEモデルに至っている。DSGEモデルの開発が進んだ背景は、有名な「ルーカス批判」を克服することであった(Lucas, 1976)。1970年代当時に広く普及していたマクロ経済モデルは、経済主体の行動を簡略化して示した誘導型の方程式によって構築されていた*7。このようなモデルにおけるパラメータは、最小二乗法等の手法を用いて過去のデータに基づき推定されるが、こうしたモデルでは政策や環境の変更が将来期待を通じて経済主体の行動に影響を与えるメカニズムを織り込んでいないため、政策効果分析のツールとしては適切ではないと、ルーカスは主張した*8。他方、ルーカス批判を克服するべく発展したDSGEモデルは、家計や企業の効用・利潤最大化行動や、時間を通じて一定とされるディープ・パラメータ*9に基づいた、いわゆるミクロ的基礎付けのある構造型のモデルである。したがって、経済理論との整合性が極めて高く、政策や経済ショックの波及効果を明示的に示すことができる点がDSGEモデルの強みである。モデルが提唱された1980年代当初は、その学術的な関心の高さからDSGEモデルの改良が進められたが、すぐには政策当局には導入されなかった。しかし、1990年代に入り、価格硬直性をモデルに組込む手法が開発されたことを皮切りに、各国の中央銀行を主導に政策分析のツールとしてDSGEモデルが用いられるようになった。DSGEモデルはその学術的に高度な構造から、開発段階においては十分なリソースを要するが(Hjelm et al., 2015)、その後のモデルの拡張については、元々モデル自体がモジュラーな構造を持っていることに加え、広く普及しているプログラムソフトであるDYNAREの活用等により、相対的に少ないリソースで実現できる。48 ファイナンス 2019 Jun.連載日本経済を 考える

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