ファイナンス 2019年6月号 Vol.55 No.3
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ルに焦点を当てることとした。続く第2節では、マクロ経済モデルを考察した先行研究に倣う形で、各モデルの特徴について整理を行う。第3節では、海外機関におけるマクロ経済モデルの活用事例として、米国議会予算局と国際通貨基金のモデルの一部を簡単に取上げ、第4節にて結語とする。2. マクロ経済モデルの類型化とその特徴Murphy(2017)は、財政当局において広く使われているモデルを、ベクトル自己回帰(Vector Autore-gression, VAR)、動学的確率的一般均衡(Dynamic Stochastic General Equilibrium, DSGE)モデル、準構造型(Semi-structural)モデル、産業連関モデル、応用一般均衡(Computable General Equilibrium)モデル、マイクロシミュレーションモデル、財政モデル、世代重複(Overlapping Generation)モデルの8つに分類している。Murphy(2017)によると、各モデルはそれぞれ活用領域ごとにカテゴライズすることができるが、そのうち本稿で取扱うVARモデル、DSGEモデルおよび準構造型モデルはマクロ経済の将来予測および政策効果の分析に用いられるモデルである*2。本節では、これら3つのモデルに関して、まずは各モデルの特徴について整理する。モデルの特徴を整理する切り口として、本稿ではPagan(2003)が提唱した「ベスト・プラクティス・フロンティア」の考え方を用いている。マクロ経済モデルにおいては、理論的整合性とデータとの整合性の間にはトレードオフが存在し、例えば、厳密に経済理論と整合的となるようなモデルを構築すると、実際に観測された時系列データとモデルの結果の間の整合性が損なわれる恐れがあるとPagan(2003)は主張している*3。図1は、両者のトレードオフ関係を示した概念図であり、Pagan(2003)はこれを「ベスト・プラクティス・フロンティア」と呼んでいる*4。本稿では、Murphy(2017)に区分に従った3つのモデルについて、Pagan(2003)の提唱した概念を*2) 産業連関モデルや応用一般均衡モデル、マイクロシミュレーションモデルは税に関する分析に、財政モデルと世代重複モデルは財政に関する分析に用いられる。*3) 逆に、データとよりフィットするモデルを構築しようとすると、理論的整合性が損なわれることになる。*4) 経済学における「生産可能性フロンティア」と似た概念である。参考に「理論的整合性」と「データとの整合性」という観点から、モデルの特徴を考察する。後述するが、データとの整合性の高いVARモデルと、理論的整合性に強みのあるDSGEモデルは、フロンティア上では対極的な位置づけにあり、その中間に準構造型モデルは位置づけられる。こうした切り口の他に、各モデルを開発・運用する際にどれだけのリソースを要するかという点も、極めて重要な視点である。例えば、Hjelm et al.(2015)およびSaxegaard(2017)によれば、米国をはじめとした先進国の財政当局は、他の公的機関と比較してモデル開発に必要なPh.Dスタッフの獲得競争に遅れを取りがちであると指摘されている。また、定期的に人事異動が行われると、モデル開発・維持に必要な専門知識の定着が十分に進まずモデル開発が困難なものにもなりかねない。したがって、政策当局はモデルの特徴だけではなく、その運用に要するコストと利用可能なリソースも考慮して、モデルの取捨選択をする必要がある。この観点から、3つのモデルが要するコストという側面でも、簡単な言及を加えることとする。表1は各モデルの特徴を要約したものである。表1 マクロモデル(VAR、DSGE、準構造型)の特徴モデル名用途開発維持コスト政策分析ベクトル自己回帰 (VAR)モデル経済変数の予測 他モデルのクロスチェック○×動学的確率的一般均衡 (DSGE)モデル政策シナリオ分析△△準構造型モデル経済変数の予測 政策シナリオ分析×△(出所)Yagihashi(2019)図1 ベスト・プラクティス・フロンティア(1980年代初頭)(出所)Yagihashi(2019)理論的整合性実際のデータとの整合性ベクトル自己回帰モデル(Sims, 1980) 準構造型(semi-structural)モデル リアルビジネスサイクルモデル(Kydland and Prescott, 1982) ファイナンス 2019 Jun.47シリーズ 日本経済を考える 90連載日本経済を 考える

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