ファイナンス 2019年6月号 Vol.55 No.3
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過去の「シリーズ日本経済を考える」については、財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。http://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.htmlマクロ経済モデルのフロンティア ―海外の活用事例を踏まえた考察―財務省財務総合政策研究所主任研究官高橋 尚吾*1財務省財務総合政策研究所主任研究官八木橋 毅司シリーズ日本経済を考える901.序説経済学の分野において、特定のショックが経済に与える影響や今後の経済に関する見通し等を検証するツールとして、マクロ経済モデルが広く用いられている。マクロ経済モデルとは、現実の経済を複数の方程式体系で模したものであるが、その性質についてはモデル間の特徴が大きく異なるため、一概に述べることは困難である。例えば、ティンバーゲンやクラインを始めとする研究者により開発されたいわゆる伝統的なマクロ計量経済モデルは、平時においては比較的現実のデータと整合的であるため、公的および民間機関において経済変数の将来予測等にて使われてきた歴史がある。ところが、そうしたモデルは、政策変更によって生じる経済主体が抱く将来への期待の変化が、彼らの行動に影響を与えるというメカニズムを必ずしも内包しておらず、政策効果の分析手法としては適切ではないとするルーカス批判にさらされることとなった。この批判を克服するために、期待形成を含む経済理論との整合性を重視したモデルとして後述するDSGEモデルの開発・発展が学術界を中心に進められてきた。しかし、DSGEモデルは、その理論的整合性を過度に重視するあまり、現実のデータとの整合性が必ずしも取れないという課題も指摘されている。この点について最近の学術界の動向に目を向けると、Blanchard*1) 本稿の内容は全て筆者らの個人的見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではない。本稿における取組は、大江賢造氏(財務総合政策研究所総務研究部総務課長)からの問題意識の共有および指示を受け実施したものであり、本稿は平成31年2月28日のマクロモデル研究会にて発表した内容を整理したものである。なお、本稿の作成に当たっては、大江氏に加え、鎌田泰徳氏(財務総合政策研究所専門官)、小嶋大造氏(前京都大学教授)からも貴重なコメントをいただいた。また、上述のマクロモデル研究会において、出席者の皆様からも貴重なコメントをいただいた。改めて感謝申し上げる。ただし、本稿の記述について残る誤りは筆者らの責任である。(2018)も言及している通り、全ての分析目的に耐え得る万能なマクロ経済モデルというものは存在せず、分析目的に応じて適切なモデルを取捨選択すべきという考え方が主流となりつつある。どのようなモデルが必要かという議論に対して一貫した解答をすることは依然として困難であり、今後も学術界や政策当局を中心に議論が行われるものと思われる。しかし、今日においては、どのモデルがどのような強みを持つかという点について、一定の評価が蓄積されつつある。こうした議論を基に、海外の政策当局では、それぞれの分析目的に対して適切なモデルを構築・所有し、適宜その見直しを行いながら、分析に活用している。そして、こうした政策当局におけるマクロモデルを取巻く現状を把握することは、どの分析目的に対してどのモデルを用いるかを検討する際のベンチマークとなり得るだろう。本稿の目的は、「どの目的に対してどのマクロ経済モデルを用いるべきか」という点について、実際の活用事例と併せて、考察することである。一般的に、マクロ経済モデルと言うと多様な種類があり、その一つ一つがそれぞれ大きく特徴を異にする。例えば、Murphy(2017)は財政当局で用いられている経済モデルを8つに分類し、各種モデルの特徴について整理を行っている。本稿では、その中でも特に、ベクトル自己回帰モデル、動学的確率的一般均衡モデル、準構造型モデ46 ファイナンス 2019 Jun.連載日本経済を 考える

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