ファイナンス 2019年6月号 Vol.55 No.3
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このように好調なタイ経済であるが、政治的混乱による経済の下振れリスクを抱えている点には留意が必要である。タイでは、2005年頃からタクシン首相による政治運営の是非をめぐる政治的混乱が続いてきた。【図3】タクシン派(農民・低所得者)と反タクシン派(都市部の中所得層・特権階級等)との政権争いが恒常的に続いており、再三タイ経済に悪影響を与えている。この政治的混乱が繰り返される背景には、地域間での所得格差がある。国家経済社会開発庁(NESDB)が公表しているGRP*3(Gross Rejional Product)によると、名目GRPの地域別シェアは、バンコク周辺が47%と最も高く、次いで日系企業が集積する東部(17%)と続いている。他方、タイの地域別人口構成比を見ると、最も人口が多いのは東北部(28%)であり、次いでバンコク及びバンコク周辺部(23%)となっている。また、1人当たりGRPを比較すると、最も多いのが東部(約43万バーツ)、次いでバンコク周辺部(約41万バーツ)となっている。他方、東北部(約7万*3) GRPはGDPを地域別にブレイクダウンした数値である。バーツ)は最下位となっており、東部と東北部とでは1人当たりのGRPに約6倍の差がみられる。【図4】東部には、自動車産業や電気・家電、一般機械など、高付加価値な工業製品の製造拠点が多数存在する一方で、東北部の主要産業は農業である。この産業構造が地域の所得格差を生んでいる。政府もバンコク及び周辺部に一極集中する投資を地方に分散させようと、投資優遇措置の差別化、基盤インフラ・工業団地などの整備を行い、地方に産業集積を作るなどの取組をしており、また、政府主導による地方経済対策も実施しているが、目立った効果は現れていない。企業の投資意欲をいかに地方に向けるかが、今後の課題と言えよう。なお、今後のタイ経済については、緩やかな減速が見込まれている。【図5】下院での議席が辛うじて過半数を上回る状況である反タクシン派が、安定した政権運営ができるかどうか不透明である点や、長期にわたる米中の貿易戦争や、中国経済の減速などの外部リスクが、タイ経済に不透明感を与えかねないといった点などが指摘されている。引き続きタイ経済について注視していきたい。(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見である。【図5】タイ経済の見通し4.04.04.14.13.53.53.53.53.43.43.93.93.73.73.03.23.43.63.84.04.220162017201820192020予測(出所)IMF、ADB前年比、(%)(年)IMFADB【図4】地域別1人当たりGDP及び地域別世帯所得層分布(2015年)地域別一人当たりGDP (バーツ)月当たり所得月当たり所得全国平均バンコク都市圏中央部北部東北部南部バンコク及び周辺部410,617低所得層1万バーツ以下 (~300ドル)20.95.917.932.229.618.6(うちバンコク都)513,397ロ―ワ―ミドル1万~3万バーツ (300-900ドル)52.447.154.853.252.854.8東部432,712中央部251,3923万~5万バーツ (900-1,500ドル)15.623.617.99.810.915.5西部135,262南部130,978アッパーミドル5万~10万バーツ (1,500-3,000ドル)8.917.88.13.95.38.9北部93,058東北部70,906富裕層10万バーツ以上 (3,000ドル~)2.35.71.50.91.42.0全国平均203,356合計(%)100100100100100100(出所)NESDB、タイ国家統計局、JETRO【図3】近年タイで起きたデモやクーデターの事例年月出来事2006年9月軍事クーデター発生、10月にスラユット暫定軍事政権発足2008年2月民政移管、総選挙でタクシン派のサマック政権発足11月反タクシン派がスワンナブーム国際空港、ドンムアン空港を不法占拠2010年3月最高裁によるタクシン一族の資産没収判決を受け、タクシン派がバンコクで大規模デモ(約10万人が参加、91名の死者)2011年7月下院選挙でタクシン派のタイ貢献党が過半数の議席を獲得し、タクシン実妹のインラック氏が首相に就任2013年11月タクシン元首相の帰国を可能とする恩赦法案に反対する反タクシン派の大規模デモが発生2014年1月インラック政権打倒や総選挙阻止を訴える反タクシン派がバンコクの主要交差点を封鎖2月下院選挙実施。反タクシン派の妨害により多くの選挙区で投票を実施できなかったが、タクシン派が勝利してインラック政権が継続5月プラユット陸軍司令官率いる軍がクーデターを実施9月プラユット氏が首相就任、軍事政権発足(出所)各種報道等 ファイナンス 2019 Jun.45コラム 海外経済の潮流 122連載海外経済の 潮流

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