ファイナンス 2019年6月号 Vol.55 No.3
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評者緒方 健太郎森信 茂樹 著デジタル経済と税 ―AI時代の富をめぐる攻防日本経済新聞出版社 2019年04月 定価2,200円(税抜)「デジタル課税」の議論が熱い。制度化に踏み切った国もあり、巷間「グーグル税」などと喧伝されてもいる。しかし、残念ながら議論は迷走しがちだ。デジタルの世界は複雑で目に見えない部分も多いためか、イメージ先行で、国家を超えた力を得た巨大IT企業の脱税問題と単純化され易い。税制の議論を行う際にこの状況は危険だ。税制は、簡素であると同時に、複雑な経済・社会構造の中で公平であることも求められる。巨大IT企業の問題にとどまらず、デジタル化による経済・社会システムの現状と変化を洞察し、税制を含む経済社会制度全体を構想することが求められていると言えよう。本書の出版は、まさにこの観点から時宜を得たものだ。熱く盛り上がっている課題を取り上げつつ、煽情的な議論を避けた冷静で現実的な分析を通じ、現在の、そして来るべき近未来の税制をも見通している。タイトルが「デジタル課税」ではなく「デジタル経済と税」であるのも、適切なアプローチを予感させる。前半部分では、まず、台頭するデジタル経済のもたらす構造変化を解きほぐし(第1章)、蔓延する租税回避の動向(第2章)と、これに対抗する国際社会の努力(第3章)を概観する。租税回避をめぐる諸問題を長く追及してきた筆者により、租税回避否認規定などの野心的な問題提起も含め、多くの重要な視点が紹介されている。一般の読者はもちろん、この分野の研究者にも有益なガイドとなるだろう。そしてポストBEPSの課題である。国際社会の努力はBEPSプロジェクト報告書に結実したが、残された課題も大きい。BEPSプロジェクトでは、国家間の課税権の配分ルールを大きく変えることなく、配分された税源の侵食に各国が協調して対抗する術を探った。しかし、現行ルールでは課税権の配分が本質的にうまく機能しない場合にどうするのか(第4章)。また、グローバルな租税回避の根元的な誘因となっている軽課税国(いわゆるタックス・ヘイブン)に対抗するより有効な手段は無いのか(第5章)。これらは古くから議論されてきた問題だが、経済のデジタル化によりその深刻さは爆発的に増大し、もはや質的に変化したと言って良い。先日の福岡G20でも、この2つを柱に検討し来年に結論を得ることが確認されている。白眉は「富(ビッグデータ)は誰のものか」の論考だろう(第4章)。現行の課税権配分ルールがうまく機能しないのは、課税所得の根元である価値(富)が創造される場所を特定する方法が開発されていないためである。デジタル化は問題をさらに難しくする。高度にデジタル化された社会の富の根元がビッグデータにあるのであれば、ビッグデータは誰のものなのか?米・欧・新興国やIT企業それぞれの利害と思惑が錯綜する中、課税権、そしてその背後にある富の帰属をめぐる争いが激しく展開される様が描き出される。まさに「AI時代の富をめぐる攻防」である。後半では、デジタル化による経済・社会システムの変化を洞察していく。シェアリング・エコノミーの発達により、モノ・空間・スキルなどがプラットフォーマーを通じてやり取りされると、誰にどのような所得が発生し、これをどう捕捉し、課税するのか(第6章)。働き方改革により長時間労働などの労働慣行が崩れ、インターネットやクラウドなどの技術環境が発達すると、新たな働き方が生み出されていく。ギグエコノミーでは社会保障や税制のあり方も変わってくるだろう(第7章)。IT技術の発展は、税務行政にも変化を求める(第8章)。税制は、象牙の塔の理論ではなく、現実に沿い、有効に機能しなければならない。この基本を深く意識させられる鋭い分析が展開されていく。最後に、税制という窓を通して、来るべきAI時代の社会風景とその課題が描き出される。AIがもたらすかもしれない大失業時代を見据え、ベーシックインカム(BI)をどう考えるべきか。現実的な財源計算を欠く議論に警鐘を鳴らしつつ、給付付き税額控除の検討を促す(第9章)。そして、格差社会、さらには超高齢化社会に備えるべく資産や資産所得への課税を説き、ロボット・AIが生み出す付加価値の源である無形資産に着目した税制を提案する(第10章)。「AIという無形資産に国が直接持ち分(Ownership)を持つ方法も検討の価値がある」との指摘も興味深い。デジタル・AI時代の税制に関心のある全ての人に一読を勧めたい。40 ファイナンス 2019 Jun.ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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