ファイナンス 2019年5月号 Vol.55 No.2
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出)に於いては、収益分配を受ける権利が付与されたトークンについて、投資家のリスクや流通性の高さ等を踏まえ、株式等と同様に、発行者による投資家への情報開示の制度やトークンの売買の仲介業者に対する販売・勧誘規制等が整備されることとなっている。ICOの研究は一般的な暗号資産の研究に比べて進捗が遅れていたことは否めない*44が、2018年に入り数多くの理論・実証両面に亙る研究が発表されるようになってきた。ICOについて特に活発になされている研究は、ICOの成功要因に係る実証研究である*45。嚆矢となる実証分析の1つとしてAdhami et al.(2018)が挙げられるが、この研究は253のICOの実例に基づき、予定した資金調達が完了したICOを成功と定義した上で、ICOが成功するための要因を回帰分析で特定したものである。同研究では、成功につながる要因として、ICOに係るプログラムのソースコードが取得できる点に加え、トークンが事前に販売されている(プリセールと呼ばれる*46。)点、トークンを通じて資金提供者が特定のサービスや利益にアクセスできるかどうかという点が挙げられている。また、NBER(全米経済研究所)のワーキング・パーパーであるHowell et al.(2019)は1,500余りものICOのデータを用い、トークンの流動性や取引量をICOの成功に係る代理指標*47とした上で、ICOが成功するための要因を分析しており、ICOを行う主体の情報公開やICOにより行おうとしているプロジェクトを確かに実行することへのコミットメントなどの重要性を指摘している*48。なお、Benedetti & Kostovetsky(2018)は約4,000のICOの実例に基づき、ICO後のリターンを算出することで、ICOにより発行されたトークンの発行価格が割安にプライシングされていた可能性を指摘している。上記の内容は実証研究であるが、ICOについては、入手可能なデータが限られているためか、理論面の研究の割合も多い。特に理論研究として注目されているメカニズムはネットワーク外部性にかかる「協調の失*44) その理由として、「仮想通貨交換業等に関する研究会」資料(第8回、2018/11/1、金融庁)(https://www.fsa.go.jp/news/30/singi/20181101-3.pdf)でも見られる通り、ICOによる資金調達額が2017年半ばから大きくなってきたことが挙げられよう。*45) 本文で紹介したもの以外にもAmsden & Schweizer(2018)、Boreiko & Sahdev(2018)、Fisch(2019)、Rhue(2018)などが、ICOが成功するための要因を分析している。*46) 野口(2018c)はICOによる資金調達を3段階に分けている。すなわち、提供しようとするサービスをホワイトペーパーで公表した上でトークンを事前販売(プリセール)する第1段階、サービスの提供を開始(ローンチ)する第2段階、有望と判断されたトークンについて暗号資産交換業者で取引されるようになる第3段階に分けている。第1段階のプレセールの段階ではサービスが未だ提供されていないため、野口(2018c)によれば「トークンの価値を評価するのは極めて難しい」。*47) 流動性指標としてAmihud measureなど3つの指標が用いられている。流動性指標の詳細は服部(2018)を参照。*48) 本稿の記載はNBERのワーキング・ペーパー版ではなく、その後の改訂版に基づいている。*49) 本文で紹介したもの以外にも、Bakos & Halaburda(2018)、Chod & Lyandres(2018)などがICOの理論研究を行っている。敗」とICOの関係である。ネットワーク外部性とは、プラットフォームを利用する者が多ければ多いほどその参加者一人一人の利得も増すというメカニズムを指すが、他者がどれだけそのプラットフォームを使うのかが分からなければ自分がそのプラットフォームに参加しても利得が得られるかどうかが分からないので参加を手控えるという「協調の失敗」が起こりうる。このようなネットワーク外部性を有するプラットフォームにおいて、Li & Mann(2018)は、予めICOによりそのプラットフォームに参加するためのトークンを配布することが「協調の失敗」を回避する上で有効であることを理論的に提示している。また、Catalini & Gans(2019)は、株式による資金調達に対するICOのメリットとして、(1)プリセールしたトークンの市場での値付けを観察することにより、ICO前にその評価を知ることができること、(2)ICOでは投資家だけでなく潜在的顧客からの投資まで見込めるため、幅広い層からの投資を期待できること、(3)上記Li & Mann(2018)同様、プリセールを行うことにより予めどのくらいの顧客が参加するのかが外部からも分かりやすいので、ネットワーク外部性がある場合であっても「協調の失敗」を避けられることなどを挙げ、それを理論的に示している*49。5.結語本稿では、様々な方面で話題となっている暗号資産について、特に2018年、話題になった論点に絞り、経済学における学術研究の整理を行った。本稿では、まずは、ビットコイン先物が導入されたことによりなされた一連の学術論文について、ファイナンス研究の観点から既存研究を紹介し、併せて筆者らの研究も紹介した。更に、不正・規制やICOといった足下で勃興中の研究についても紹介した。海外では、本稿で紹介した観点以外にも、様々な側64 ファイナンス 2019 May.連載日本経済を 考える

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