ファイナンス 2019年5月号 Vol.55 No.2
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が促されたことを示すとともに、このような行為は通常の投資家の行動からは説明不能であり、一種の価格操作が行われていた可能性がある*33と主張している。もっとも、Wei(2018)は、前述のベクトル自己回帰モデルを用いて、ステーブルコインによるそのような行為がビットコインの価格に有意な影響を与えていないと、Grin & Shams(2018)とは異なる主張をしており、更なる研究の蓄積が俟たれるところである。また、少なからぬ暗号資産については、違法取引の決済手段として用いられているのではないかという目も向けられており、実際、その規模を定量的に分析した研究も存在する。例えば、Foley et al.(2019)は、暗号資産と違法行為の関係を分析しており、ユーザーの1/4が、また取引の半分が違法な活動に関連するものであり、違法活動にかかる取引量がおおよそ米国と欧州の違法ドラッグ市場と同等の規模である可能性があると主張している*34。北見・首藤(2018)にもある通り、暗号資産は、その匿名性の高さから、闇サイトにおける決済手段としても利用されてきた歴史が知られているが、Foley et al.(2019)は暗号資産が実際にどの程度違法行為に用いられているのかについて学術的な手法でアプローチし、ファイナンスのトップジャーナルのひとつであるReview of Financial Studiesに掲載が決まっている。具体的には、Foley et al.(2019)はGrin & Shams(2018)がビットコインについて分析した際と同様、全取引記録が記載されているブロックチェーンというパブリックデータをフル活用した分析を行っており、このデータベースから、違法行為を行っている者に特徴的なネットワーク構造を抽出すること等により、暗号資産がどの程度違法行為に用いられていたのかを定量的に推計している。これ以外にも不正に係る研究は複数存在する。例えば、暗号資産については十分な規制がなされていないが故、pump and dumpと呼ばれる風説の流布に当たる不正がなされているとの疑惑がある。具体的には、インターネット上で特定の暗号資産を短期集中して買い付けることを呼びかけた上で、呼びかけ人はその少し前に当該暗号資産を買い込んでおき、値上がり直後*33) 原文p.33「our ndings provide substantial support for the view that price manipulation may be behind substantial distortive effects in cryptocurrencies」*34) もっとも一般層の暗号資産に対する関心が高まるにつれ、足下ではこれらの割合が減少傾向にあるとも主張している。に売り抜けるといった手法がとられる。そのような手法の実態について、pump and dumpを仕掛けられた暗号資産の取引量とpump and dumpに伴う値上がり幅の関係性や、pump and dumpが行われたときの特徴的な値動き(急に値上がりしたあと、数百秒以内の間に値が下がる。)などを、Li et al.(2018)やHamrick et al.(2018)などが膨大の実例を踏まえて分析している。なお、情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律案(2019/3/15提出)に於いては、暗号資産の取引の適正化等に向けた対応として、風説の流布・価格操作等の不公正な行為が禁止されることとなっていることを附記する。3.2 規制にかかる学術研究このような不正に係るリサーチに比べ、規制は最近注目され始めたことから、学術的な研究はようやく着手されたという印象であり、相対的に数は少ない。前述のとおり、BISのワーキング・ペーパーであるAuer & Claessens(2018)が比較的早くから実証研究を行っているが、同論文では、(1)暗号資産の規制に係るニュースが市場に影響を与えるということに加え、(2)マネーロンダリング規制等に関するニュースも市場に影響を与えること、(3)政府が内容を特定せず警告することや中央銀行によるデジタル通貨の発行に係るニュースは何も影響を与えないこと、さらに、(4)管轄権(jurisdiction)が異なると価格も異なる例が散見されており、一定程度市場が分断されていることを指摘している。暗号資産市場における市場の分断という点で最もわかりやすい事例がキムチ・プレミアム(Verhage et al., 2018)である。キムチ・プレミアムとはビットコインが、他国の市場に比べ韓国市場内で特別高い価格が付されているという現象であり、2017年末から2018年に掛けて盛んに報道された。当初、特に韓国における活発な個人の投機などで説明がなされたが、仮に投機が盛んであったとしても、市場に十分な裁定62 ファイナンス 2019 May.連載日本経済を 考える

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