ファイナンス 2019年5月号 Vol.55 No.2
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ングやテロ資金供与対策の国際協調を推進するための多国間の枠組みである金融活動作業部会(FATF)が2015年に公表したガイダンス*29などが挙げられる。その後、国内における暗号資産交換業者の破綻などを受け、(1)マネーロンダリング・テロ資金供与対策に係る法改正や(2)暗号資産の定義付けを与えた上で暗号資産交換業を行う者に対する規制を整備する法改正が行われ、いずれも2017年に施行された。このような法改正等はエポックメイキングな進展として挙げられよう。上記以外にも、2018年後半には日本仮想通貨交換業協会が資金決済法に基づく自主規制団体に認定されるなど進展を見せている。もっとも、暗号資産に対する規制については国によって大きな差がある上、昨年には暗号資産が流出する事案*30があったこともあり、規制の在り方については、経済学だけでなく法律学など様々な分野を巻き込んだ議論が行われているところである。金融庁は2018年3月に、学識経験者や金融実務家等をメンバーとする「仮想通貨交換業等に関する研究会」(座長=神田秀樹・学習院大学教授)を設置し、暗号資産に係る制度等の議論を行っている。ファイナンスの学術研究の文脈では、金融危機に伴い、多数の規制が導入されたことを背景に、目下、規制の影響について活発に研究がなされている。例えば、国際金融のテキストなどで従来成立していると説明されたカバー付き金利平価が、リーマン・ブラザーズの破綻を発端とした金融危機以降、成立しないといった事象がみられている。この要因として金融危機以降導入されたバーゼル規制による影響が疑われたが、規制の影響については実務家がいち早く観測した後、経済学者による検証が進められた*31。近年では政策評価にかかる実証分析の重要性が指摘されることも多く、金融規制の影響を分析する必要性は高まっており、暗号資産についてもこの例外ではない。*29) 例えば、「各国は、仮想通貨と法定通貨を交換する仮想通貨交換業者に対し、登録・免許制を課すとともに、顧客の本人確認義務等のマネーロンダリング・テロ資金供与規制を課すべきである。」など(「仮想通貨交換業等に関する研究会報告書」(2018/12/21、金融庁)p.1)。*30) 「不正アクセスを受けた複数の仮想通貨交換業者において、ホットウォレットで秘密鍵を管理していた受託仮想通貨が流出」という事例。「仮想通貨交換業等に関する研究会報告書」(2018/12/21、金融庁)p.4などを参照。*31) 詳細は服部(2017)を参照。*32) 例えば「仮想通貨交換業等に関する研究会報告書」(2018/12/21、金融庁)によれば「仮想通貨交換業者に係る未公表情報(新規仮想通貨の取扱開始)が外部に漏れ、情報を得た者が利益を得たとされる事案」や「仕手グループが、SNSで特定の仮想通貨について、時間・特定の取引の場を指定の上、当該仮想通貨の購入をフォロワーに促し、価格を吊り上げ、売り抜けたとされる事案」が報告されている(同報告書p.11)。3.1 不正にかかる学術研究暗号資産の現物取引を巡っては、不公正な取引事案が報告されており*32、規制がそれに対応する形で進んでいったことから、経済学者による分析はまずは不正に係る研究という観点からなされた。この文脈で特に注目を受けた論文がJournal of Monetary Economics誌に掲載されたGandal et al.(2018)と昨年6月に公表されたGrin & Shams(2018)である。これらの研究は公表されるや否や、暗号資産取引の実態の一部を明らかにしたということで、米国のマスメディアなどで大きく報道された。Gandal et al.(2018)は、2013年におけるビットコインの値上がりと不公正取引の関係を分析している。2013年にはビットコイン価格が$100未満から一時$1,000を超えるまで上昇したが、同年、個人投資家の間では疑わしい取引を行ういくつかのアカウントの存在が指摘されていた。Gandal et al.(2018)は、そのようなアカウントを特定した上で、そのアカウントが仮装売買を行っていた可能性を指摘し、1日の値上がり率を疑わしいアカウントが活動していたかどうかによって説明できるかどうか回帰分析を行った。すると、疑わしいアカウントが活動していた日にはビットコインの値上がり率が統計的に有意に高いことが判明し、不公正取引がビットコイン価格にも影響を与えていた可能性が示唆された。更にGriffin & Shams(2018)は、2017年におけるビットコインの値上がりについて分析している。ビットコインなど多くの暗号資産は、ブロックチェーンと呼ばれる技術を用いて運用されているが、これは取引履歴を保存するパブリックデータと解釈することができる。Grin & Shams(2018)の最大の特徴はこの大規模なパブリックデータを解析し、ビットコインが値下がりした際にステーブルコイン(その発行者から、特定の法定通貨と一定の換価率に基づいて換価することを保証された暗号資産。)を売ってビットコインを買うという行為が見られたことを指摘した点である。これによりビットコインの値が支えられ、値上がり ファイナンス 2019 May.61シリーズ 日本経済を考える 89連載日本経済を 考える

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