ファイナンス 2019年5月号 Vol.55 No.2
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イン先物はCBOEとCMEで取引されており、その商品性はほぼ同じであるが、参照価格が違う点には注意を要する。CBOEはニューヨークにあるGeminiという暗号資産交換業者の価格を参照し、CMEは主要暗号資産交換業者*23の価格を元にBRR(Bitcoin Reference Rate)とよばれる指標を独自に作成してこれを参照している*24。ビットコイン先物は、皮肉にも、その導入前後からビットコインの現物の価格の下落が始まったため、先物取引所の意図とは異なる形でも大きな注目を集めた。たとえば、野口(2018a)は、「先物市場がバブルをおわらせた」としており、その根拠として投資家の弱気な見方が反映される契機になったことや、機関投資家の参入や先物のショート(空売り)のしやすさ等を挙げている。ビットコインの価格推移(図を参照)を見れば分かる通り、価格のトレンドが下がり始めた時期と、ビットコイン先物導入時期は時期を同じくしている。その意味で、その両者の関係性を積極的にとらえる見方もいくつか見られるところである。2018年以降、ビットコイン価格の低下が続いたこともあり、ビットコイン先物と価格の下落の関係についての学術研究も発表された。たとえば、サンフランシスコ連銀のHale et al.(2018)などから、(前述の野口(2018a)同様)先物の導入により空売りが可能になったことが現物価格の値下がりに繋がったのではないかとの説が提唱された。そのような中、筆者らは先物の導入とビットコイン価格の下落の間の関係に懐疑的な分析結果を提示した。Hattori and Ishida(2019)では、ビットコイン現物の価格に加え、ビットコイン先物の価格および取引高のデータを用い、先物の導入と現物価格の関係について、初めての実証研究を行った。筆者らがまず注目した点は、もしビットコイン先物が投資家による空売りを可能ならしめたことなどにより現物価格が低下したのであれば、ビットコイン先物の売買が大きいタイミングで現物の価格が下落しているはずであるという点である。そこで、日中の先物の売買と現物の価格をマッチさせて、実際に売買と価格の間に一定の関連性があるか*23) Bitstamp、Coinbase、itBit、Krakenの4暗号資産交換業者が例示されている。*24) その他にも、CBOEの先物の取引単位は1ビットコイン、CMEの先物の取引単位は5ビットコインであることなど、細部については種々の違いはある。なお、CBOEは本年、ビットコイン先物の取扱いを取り止めると公表(Reuters, 2019)。*25) Hattori and Ishida(2019)では現物価格だけでなく先物の価格についても検証を行っており、現物価格に関する結論と同様の結論を得ている。先物価格についても検証を行っている理由は、本文で記載しているとおり、先物が価格発見機能を担っているとの先行研究があるためである。*26) 20分未満*27) ビッド・アスク・スプレッド以上の価格の乖離についてデータに基づいた検証を行った。具体的には、ベクトル自己回帰モデル(Vector Autoregression)と呼ばれる時系列分析の手法を用いて、ビットコインの先物取引が増加した場合にビットコインの現物価格*25にどのくらいのインパクトが生じるのかを分析した。その結果、先物取引が増加すると、その直後の数十分間程度*26は価格に負の影響を与える可能性があるものの、その後については統計的に有意な影響をもたらさないことが示された。筆者らは、さらに踏み込んだ検証を行っている。すなわち、もし先物の導入が現物の下落につながったのであれば、先物と現物の間で十分な裁定行動がみられるはずである。実務的にはこの裁定取引はキャッシュ・アンド・キャリー(cash and carry)やベーシス取引などと呼ばれ、為替・商品・債券市場など先物が存在する市場において、現物と先物の裁定行動は金融危機などの特殊な状況を除き、普遍的に観察される現象である。特に、Hale et al.(2018)が指摘するように、先物の導入により空売りが可能になったことが現物価格の値下がりに繋がったのであれば、2017年末に先物と現物の間に強い裁定が働いていたと考えるのが自然である。筆者らは先物導入直後から2か月間の価格の下落が大きかった期間に両者の裁定がなされているかについて、(i)CBOEにおけるビットコイン先物が参照している暗号資産交換業者であるGeminiにおけるオークションがなされる16時時点及び(ii)日中のデータを用いて検証を行った。学術的な実証研究において、先物と現物にかかる実際の裁定行動は、先物が将来の取引であるがゆえ、現物価格をベースに先渡価格を計算し、時点を合わせることで検証がなされる。筆者らは、ビットコイン現物の大幅な下落が起こった期間において、両者の間に裁定機会*27が存在しており、先物と現物の関係性が相対的に小さかった可能性を指摘した。上記で言及したとおり、筆者らの実証結果は先物の導入とビットコイン市場の下落の間の関係について懐疑的な見方を呈示するものである。Zhao(2018)な ファイナンス 2019 May.59シリーズ 日本経済を考える 89連載日本経済を 考える

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