ファイナンス 2019年5月号 Vol.55 No.2
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既存研究を紹介し、併せて1つ目の分野に係る筆者らの研究を紹介することにより、暗号資産について知られていることが人口に膾炙するようにすることを目的とする。2017年末にシカゴ・オプション取引所(Chicago Board Option Exchange, CBOE)やシカゴ・マーカンタイル取引所(Chicago Mercantile Exchange, CME)といった大手先物取引所でビットコインの先物取引が導入されたが、それと時期を同じくして、暗号資産市場が下落し始めたことから、ビットコイン先物は価格の下落と絡んだ形でも注目を浴びることとなった。図はビットコインの価格の推移をみたものであるが、2018年以降には価格が大幅に下落*10しており、また、その始まりのタイミングはビットコイン先物導入とほぼ同時期となっている。そのため、マスメディアを中心にビットコイン先物が現物市場の価格の下落の契機となったとの言説が飛び交い(Maranz, 2018等)、その後、経済学者からもその見解をサポートする研究が現れた。そのような中、筆者らはデータを用いた研究を初めて実施し、先物導入が現物市場の価格の下落をもたらしたことについて懐疑的な結果を示した。いずれにせよ、2018年に起きた価格の下落についての分析は未だ道半ばであり、今後、様々な形で検証がなされることを期待している。2018年における価格の下落に前後して、規制強化についても様々な形で話題にあがった。国際決済銀行(Bank for International Settlements, BIS)が一定の規制強化にかかるニュースと価格との関係性についてワーキング・ペーパー(Auer & Claessens, 2018)で報告したことからも分かる通り、価格と規制との間には一定の関連性が窺われる。暗号資産は、その黎明期から闇サイトにおける決済手段に用いられたことがあるとの指摘(北見・首藤,2018)もあり、マネーロンダリング・テロ資金供与対策などに関する国際的要請も行われてきた。それゆえ、各国で規制について検討が行われており、それと相俟って、不正や規制に係る研究もここ1・2年、勃興しつつある。不正に係る研究については2018年に話題となったICOも例外ではない。ICOとは、企業等がトークン*10) 斎藤・市村(2018)における「大幅に下落」との表現に倣った。*11) 日本経済新聞(2019/2/18)「広がるブロックチェーン革命、仮想通貨に続く10業種」*12) 「仮想通貨交換業等に関する研究会」資料(第8回、2018/11/1、金融庁)https://www.fsa.go.jp/news/30/singi/20181101-3.pdf*13) 「仮想通貨交換業等に関する研究会」(第8回、2018/11/1、金融庁)議事録には「最近、ICOのアドバイザリー会社が行った調査によりますと、2017年中に行われた世界のICOのうち、約8割が詐欺(scam)であったという報告がなされております。」との発言がある。“CRYPTOASSET MARKET COVERAGE INITIATION:NETWORK REATION”(2018/7/11)https://research.bloomberg.com/pub/res/d28giW28tf6G7T_Wr77aU0gDgFQ も参照。(デジタル権利証*11であり、暗号資産の形態を取ることも多い。)と呼ばれるものを電子的に発行して、公衆から法定通貨や暗号資産の調達を行う行為を総称したものであり、インターネットを媒介としたクラウドファンディングのイメージに近い。最初のICOは2013年に行われたと報道されている(Shin, 2017)ところ、2018年7月までの資金調達額が全世界累計で約2兆円に達するとの報告もある*12。もっとも、その8割近くが詐欺によるものとの調査結果もでており*13、ICOについては規制当局によるポリシー・ペーパーだけでなく、学術研究も相次いで発表されることとなった。これらに係る研究を紹介している文献はまだ僅少と思われるところ、本稿ではそのような研究についても併せて紹介し、もって暗号資産研究の一助となることを目的とする。第2章ではビットコイン先物の導入に係る既存研究及び筆者らの研究を紹介する。第3章では不正・規制絡みの研究を、第4章ではICOに係る研究を紹介する。第5章は結語とする。2. ビットコイン先物を用いた既存研究: ビットコイン先物は価格の下落を導いたか?2017年12月、米国の大手先物取引所であるCBOE及びCMEが相次いでビットコインの先物取引を導入した。先物取引(futures contract)とは特定の商品を対象として、事前に定められた受渡日に、取引現時点で決めた価格で取引することを約束する金融契約である。金融商品の購入を事前に予約するというイメージであるが、先渡取引(forward contract)と異なり、不特定多数の投資家が売買を行う取引所に上場されている点が特徴である。ビットコインの現物は多数の業者で取引されており、各業者が在庫を有する形やユーザー同士の売買を仲介する形でマーケットメイクがなされている(このような市場を店頭市場という)。ビットコイン先物は、価格の透明性や業者のリスク管理を向上させること等を企図しており、株式や国債など幅広いアセットクラスで先物市場があることに鑑み、暗 ファイナンス 2019 May.57シリーズ 日本経済を考える 89連載日本経済を 考える

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