ファイナンス 2019年5月号 Vol.55 No.2
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2018年9月まで、毎日新聞社の「デジタル毎日」の「経済プレミア」において、「素顔の沖縄けいざい」*10という連載を12回行った。1997年6月から2001年3月まで沖縄振興開発金融公庫副理事長を務めた嘉数啓・琉球大学名誉教授の島嶼学(nissology)*11や、来間泰男・沖縄国際大学名誉教授の深い農業経済学の知見から展開される沖縄経済論が*12、このような観点からは特に注目すべき業績といえるのではないか。ただし、最近、私がこのような取り組みを進める難しさを実感したのが、沖縄の観光に関する経済数値に関する言説問題である。沖縄の言論空間で流布する言説には、「県民総所得に占める軍関係受取の割合は約5%、2000億円、それに対し、観光収入は6000億円を超えている。」というものがある*13。もととなっているのは、沖縄県が県民経済計算*14の巻末に掲載している「参考資料」である。「参考資料『県外受取・県外支払の推移』の推計方法」において、「観光収入」について、「沖縄県観光政策課による公表値を参考掲載」とあり、「県民経済計算の概念を考慮した数値ではない」としている*15。前出の嘉数啓氏は、「沖縄県は2017年の観光客収入約7千億円(29%は外国客消費額)のうち、その7割程度を県内の賃金、利潤、利子、税収などの付加価値創出に回っているとの推計を産業連関表手法を用いて算出して公表しているが、この数値はほぼ間違いなく過大推計である。同じ手法で推計した県全体の付加価値総額は総供給(需要)の4割程度である。観光需要*10) https://mainichi.jp/premier/business/素顔の沖縄けいざい/ 連載の見出しは、以下のとおり。(1)クルーズ船が急増する沖縄は「アジアに一番近い日本」、(2)観光で絶好調の石垣島住民を悩ます「居酒屋難民」とは、(3)「1%経済・沖縄」を下支えしているのは今も公共投資、(4)「3割が赤字」沖縄の地場産業・泡盛酒造所の振興策は、(5)「地下ダムで進化」宮古島が農業と観光に秘める可能性とは、(6)東大の倍以上の予算をかけた沖縄「オイスト」の未来、(7)「美ら海水族館に古宇利島」やんばる観光を育てる策は、(8)嘉手納基地のお膝元で人材育成に励む「起業カフェ」、(9)「コールセンターだけじゃない」沖縄振興の次の主役は、(10)「圧倒的人気の就職先」沖縄県庁を財政分析してみると、(11)“ハワイ超え”を目指す「観光・沖縄」に必要なもの、(12)安室奈美恵さんフィーバーに思う「沖縄の魅力と課題」*11) 「島嶼学への誘い」(2017年)、「島嶼学 Nissology」(2019年)*12) 「沖縄経済の幻想と現実」(1998年)、「沖縄の米軍基地と軍用地料」(2012年)、「沖縄の覚悟」(2015年)、*13) 例えば、2017年10月22日に法政大学市ヶ谷キャンパスで開催された東京・結・琉球フォーラム「知らない、知りたい沖縄」において登壇した沖縄県知事の発言。主催した東京新聞のホームページ上の「東京新聞フォーラム」の同記事は、発言要旨が掲載されているが、当該発言部分は記載されていない。そのため、琉球新報社がアップしているユーチューブの映像で確認した。 出典:https://www.youtube.com/watch?v=YOj39KJNuVk(2019年3月20日確認) あくまで、政治的な発言として理解すべきなのであろう。同じことは、岩波ブックレット「沖縄の基地の間違ったうわさ 検証34個の疑問」(2017年。第一刷)の「沖縄の経済は基地で成り立っている?」(p22~23)の叙述や表にもうかがえる。「岩波ブックレット刊行のことば」にある、「正確な情報と分析、明確な主張を端的に伝え」るため、「基地経済」の否定に力んでやや勇み足になったか。 来間泰男氏は、前出の著作「沖縄の覚悟」で、「沖縄経済は、基地経済ではなく、財政依存経済」(193~194ページ)と喝破している。*14) 出典:https://www.pref.okinawa.jp/toukeika/accounts/accounts_index.html(2019年3月20日確認)*15) 沖縄国際大学経済学科編「沖縄経済入門」(2014年)の「第11章 基地経済」(前泊博盛沖縄国際大学大学院教授・執筆)でも、「ただし、注意しなければならないのは、県民総所得の中で基地関連収入と観光収入が同じように並べられているが、実は、観光収入は『売上額』なのに対して、基地関連収入は『利益』に該当する。」(163ページ)と注意喚起している。*16) 前出「島嶼学 Nissology」(2019年)282~283ページ*17) やや迂遠になるが、沖縄を代表する地方出版社のボーダーインクから出ている本に、「内地の歩き方~沖縄から県外に行くあなたが知っておきたい23のオキテ」(吉戸三貴著 2017年)がある。この中で、「『内地の律し合う文化』と、『沖縄の許し合う文化』」というものがオキテの1つとされている。著者も言及しているが、それぞれ良い面があるということでどちらを否定するというものではないが、こと「EBPMの推進」という観点からは、「経済数値」・「数字」についてはディシプリンを働かせる必要があるだろう。は、免税商品、移輸入商品、県外資本による利益の本土移転、サービス産業などでの非居住者労働力の急増などを考慮すると、県民需要より県外への『所得の漏れ』は大きいとみるのが常識である。県の推計結果はこの常識とは真逆である。」とし、沖縄観光がピークを迎える前に、観光支出の項目別県内付加価値額を観光支出項目毎に詳細に算出して公表することを提言する*16。観光産業は島嶼経済において、死活的に重要な産業であるし、この産業についての分析については、上記の嘉数氏の提言を重く受け止める必要がある。「論」に溺れず、定量的な分析などの地道な取り組みが冷静にきちんとできるかが、沖縄振興策の今後の成否を決めると言っても過言ではない*17。3沖縄経済の現在沖縄振興開発金融公庫(以下「沖縄公庫」という。)では、沖縄の社会開発・産業構造・企業経営などの主要テーマについて最新情報の収集分析を行い、調査結果を下記のような各種のレポート等(図表1参照)によって提供している。○各種産業経済調査地域社会や産業の動向について各種の調査分析を行い、地域産業経済の成長発展のための提言を行っている。・県内主要ホテルの動向分析(毎年実施)・拡大する沖縄経済の下で深刻化する人手不足~県内企業への影響と課題への対応~(2018年1月)、県内小規模企業実態調査(2018年5月)、教育資金と進学意識の調査(2018年6月)、沖縄公庫取引先か26 ファイナンス 2019 May.SPOT

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