ファイナンス 2019年4月号 Vol.55 No.1
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(1998)は、東アジア地域全体の人口増加率・労働人口増加率などの経済成長に対する効果を検証している。この時期の東アジアにおける一人当たりGDPの成長率6.11%の約1/3にあたる1.37-1.87%は労働人口割合の増加による人口ボーナス*7が要因であり、人口動態によって労働と資本の投入量が増加したことが経済成長に繋がったと結論付けられている*8。この結果を言い換えると、急速な少子高齢化が経済成長に負の影響を与える可能性が示唆される。Bloom, Canning and Finlay(2010)は、分析地域を拡大し、1960-2005年のアジア・アフリカ・南米のデータを利用した。ここでは、従属人口にあたる高齢人口割合及び若年人口割合の変化が経済成長に及ぼす影響について分析しており、高齢人口割合の増加は短期的な経済成長に負の影響をもたらし、若年人口割合の増加は短期的にも長期的にも経済成長に大きな負の影響を与えることが示されている。このように人口の高齢化が経済成長に負の影響を与えるとの分析がある一方で、Kelley(1988)のように、その結果に疑義を唱える分析もある。たとえば、1960-2000年の東アジアのデータを利用したMason and Kinugasa(2005)の研究では高齢化による経済成長への影響は検出されていない。また、前述のように、Acemoglu and Restrepo(2017)も1990-2015年のOECD諸国のデータから、高齢化率の変化と一人当たりGDP成長率の変化に負の相関はみられないとしている。1960-1990年代の日本の都道府県データを利用した衣笠(2002)は、日本の1960-1990年代にかけての急速な少子化・人口成長の鈍化がむしろ経済成長に正の影響をおよぼしたと結論付けた。4-3.年齢別の人口シェアに注目した分析ここまでに紹介した研究はいずれも、人口構造を高齢人口シェアや若年人口シェアといった数少ない指標で表現して分析している。このような方法では人口構造の変化を十分に捉えていないかもしれない。そこで、より詳細に年齢階級別の人口シェアを用いた研究も行われている。*7) 「人口ボーナス(Demographic dividend)」とは労働人口が従属人口よりも速く増加するという人口動態上の構造を指すが、Bloom and Williamson(1998)の研究において「人口ボーナス」という言葉が用いられてから、広く認知されるようになった。*8) ただしBloom et al(1998)は、東アジア各国が人口ボーナスの利益を最大限享受できたのは、それを可能にするような社会・経済・政治制度を構築できたことによると加えている。*9) Feyrer(2007)は、OECD諸国と新興国の生産性の違いについて、40-49歳の労働人口数を理由の一つと考察し、新興国の低生産性は労働人口の若さに起因するのかもしれないと分析している。たとえば、Lindh and Malmberg(1999)は、1950-1990年のOECDデータを利用し、OECD諸国の労働生産性の成長パターンはほとんど人口の年齢構成変化によって説明がつくとした。そのうえで、50-64歳労働人口は労働生産性に正の相関をもち、65歳以上労働人口は負の相関を有し、若年層の影響は曖昧であるとしている。Feyrer(2007)は1960-1990年の87か国データを用い、40-49歳労働人口の増加が生産性の伸びに正の影響を与えていると分析している。彼の推定結果によれば40-49歳の労働人口が10年で5%増加すると労働生産性が1-2%上昇する*9。このことから、40-49歳の労働人口が減少し高齢労働人口が増加する場合も、生産性の低下を招くかもしれない。一国内のデータを用いた分析としては、Maestas, Mullen and Powell(2016)が挙げられる。彼らは、1980-2010年のアメリカの州データを用い、60歳以上人口が10%増加すると一人当たりGDP成長率が5.5%低下するとの推定結果を示している。そのうち2/3は労働生産性の低下、1/3は労働人口の減少によるものであり、年平均GDP成長率は今後10年で0.6%低下するとの推計も示されている。日本については、Liu and Westelius(2016)が1990-2007年の都道府県データを用いて、労働年齢人口の高齢化はTFPに負の影響を与えるとしている。年代別でみると40-49歳が最もTFPへのプラスの効果が高く、40-49歳人口の増減に合わせるようにTFP成長率も増減していることを示している。このことから、高齢人口の割合の増加は経済全体のTFPの低下を招くとしている。人口高齢化が経済成長へ与える影響に関しては、説得的で確たる分析結果が得られているわけではない。Askoy et al.(2019)はその原因として、人口構造の変化が緩やかに発生するためその他の緩やかに変化する事象からの識別が困難であること、年齢別人口シェア変数がそれぞれ強く相関していること等を指摘している。62 ファイナンス 2019 Apr.連載日本経済を 考える

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