ファイナンス 2019年4月号 Vol.55 No.1
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療・介護に依存して生きる期間」を除いた期間と定義されているが、日本人の健康寿命は2000-2016年の16年間で72.4歳から75.8歳に伸長している*5。また、たとえば、1947年の58歳の死亡率は2.3%であったが、この値は1970年における65歳、2016年における77歳とほぼ等しい。歩行スピードや歯の残存本数などの指標では、今の高齢者は10年前の同年齢の人々よりも健康で、指標によっては10年前の10歳下の人々と同じ水準となっている*6。3.理論3-1.標準的な成長理論人口動態が経済に与える影響については、古くから議論がなされてきた。マルサスは著書『人口論』において「人口は何の抑制もなければ等比級数的に増加する。一方、人間の生活物資の増え方は等差級数的である。」と主張し、人口増加によって生活物資が不足することにより生活水準が低下すると主張した。マルサスはこうした人口増加の負の影響に対して結婚の延期など道徳的抑制を行う必要性を訴え、実際に1960年代には爆発的な人口増加率を経験していたアジア各国で人口抑制政策がとられていった。しかし、現在の標準的な経済成長理論においては、人口増加が経済成長に正の影響をもたらす効果が強調される。経済成長の源泉は技術進歩率の伸び・資本ストックの増加・労働人口の増加の3つとされ、人口減少は経済全体の成長率を押し下げる要因とされている。たとえば、標準的な新古典派成長理論では技術と人口の水準は外生要因と仮定される。人口減少によって短期的にみて一人当たりの機械や設備といった資本ストックが多くなるが、労働力の減少により経済成長率が低下するため相殺され、長期的にみると一人当たり経済成長率は一定になる。人口減少は外生的に決定されるため技術進歩率に影響を与えず、技術進歩率が一定であれば人口減少は一人当たり総生産には影響しないものの、経済全体の成長率を低下させる。また、内生的成長理論では、技術進歩率は内生的に決まると*5) The Global Health Observatory data “Healthy life expectancy”, World Health Organization*6) 単純に暦上の年齢を指す「暦年齢(Chronological age)」に対して、上記のように生物学的な健康状態・発育状態を考慮した老化の進み具合からみた年齢を「生物学的年齢(Biological age)」という。生物学的年齢という観点でみると、日本を含め各国の高齢化率は数十年前から大きく変化しているわけではないと考えることも可能かもしれない。考える。この理論では、人口が減少すると技術進歩率が低下し、これにより経済成長率に負の影響を与えると考えられる。その理由は技術進歩をもたらす研究開発に規模の経済の効果があるためである。つまり研究開発に投入される労働力が大きいほど技術進歩率も高まり、長期的にみると労働人口の成長に比例して経済成長がもたらされる。このように現在の標準的な成長理論においては、人口減少はマクロの経済成長に負の影響を与えると考えられている。3-2.イノベーション(革新)人口減少・少子高齢化が労働力の減少を通じて経済成長にマイナスの影響を持つとしても、他の経路、たとえばイノベーションによって経済成長を持続させることができるとする議論もある。Acemoglu and Restrepo(2017)は、技術の活用が経済成長の源泉となって少子高齢化の負の効果を相殺できると主張している。彼らは、労働を技術で代替し、たとえばロボットが労働人口の減少を補うことができれば、人口減少は経済成長に負の影響を与えないとした。具体的には、1990-2015年のOECD諸国のデータから、人口高齢化と経済成長率の間には負の相関はなく、高齢化が進んでいる国ほど、減少する若年・中年労働人口を補うために急速に技術・ロボットの活用を行ったことで高齢化の負の影響を相殺し、むしろ経済成長を促進していると述べている。上記のAcemoglu and Restrepo(2017)の研究は、減少する労働人口を補う技術の活用について議論を展開していたが、ADBの2018年のレポートは、より幅広い技術の役割に着目している。レポート内ではアジア諸国における“Longevity Dividend”がキーワードとされており、高齢者が健康な状態で長生きする社会であれば、医療・介護費の削減と労働力不足が解消できると考え、これをLongevity Dividend(長寿配当)と呼んでいる。長寿配当からの利益を最大化するために技術の役割が重要であると主張している。高齢社会の労働市場が抱える問題を技術活用によって解決できるとしており、健康と長寿化の実現・仕事の内容と職場の変容・高齢者も含めた多60 ファイナンス 2019 Apr.連載日本経済を 考える

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