ファイナンス 2019年4月号 Vol.55 No.1
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コラム 海外経済の潮流121大臣官房総合政策課 渉外政策調整係 野々山 裕樹2019年の中国全人代について (2016年全人代との比較)中国は改革開放政策以降、高い成長率を実現し、現在GDP世界第2位の経済大国となった。しかし、昨年からの米国との貿易摩擦による不透明感により、製造業等の景況感は悪化しており、輸出においても追加関税を見越した駆け込みが一巡し、低調となる等【図1】、中国経済への下押し圧力が増加している。2018年の実質GDP成長率は6.6%と28年ぶりの低水準となった【図2】。このように、中国経済の減速感が増している中、3月5日から中国の国会にあたる全人代*1が開幕され、2019年のマクロ経済政策や主要な経済目標が発表された【図3】。政府活動報告において、李克強首相は「長年ほとんど例がないほどの国内外の複雑で厳しい情勢に直面し、経済に新たな下押し圧力が生じた」と述べ、中国経済が厳しい状況に直面していることを認めた。このように中国政府が厳しい経済状況を認めたのは、2016年に「わが国の発展はさまざまな困難と厳しい試練に直面した」と述べた時とよく似ていると思われる。当時の中国は、チャイナショックの渦中にあり、景況感が悪化し株価も下落するなど、景気が減速傾向で推移していた点は現在と共通していた。その際、中国政府はインフラ投資の拡大などの経済対策を打ち出し、次第に景気は持ち直しの動きを見せたが、今年、中国政府が発表した各種の経済政策は当時と類似する点が多く見受けられる。そこで本稿では、2019年全人代で示された中国政府の景気対策を、2016年の政策と比較する中で、今後の経済状況を考察してみたい。*1) 各省・自治区・直轄市のほか、人民解放軍や有力企業などから選ばれた約3,000人の代表(任期5年)が集まる会議。毎年3月に開催され、政府の政治・経済運営方針を審議する。会期は通常10日前後で、開会式では、首相が前年の経済財政運営についての総括と、当年の経済成長率目標や予算等の経済政策の運営指針が記載された「政府活動報告」を公表する。*2) 3つの解消、1つの低減、1つの補強(過剰生産能力の解消、過剰在庫の解消、過剰債務の解消、コストの低減、脆弱部分の補強)から構成される。*3) 物品の譲渡及び役務提供を課税の対象とする付加価値税。今回の全人代で、税率について製造業は16%から13%、交通運輸・建築業は10%から9%へと引き下げることが公表された。*4) 収益性のある公共事業向けの資金調達の目的で地方政府が発行する債券。財政収入ではなく、投資事業の収益から返済される。【マクロ経済目標】まず、類似する点としては、実質GDP成長率目標について、2019年は、「6.0~6.5%」と2016年の「6.5~7.0%」以来の幅を持った成長率目標となった点が挙げられる。いずれも前年度と比較して▲0.5%~0%の下方修正となっている点も共通している。また、政府活動の重要任務の項目においても、2017年から2018年にかけて筆頭に記載されていた供給側の構造改革*2の記載が無くなり、「マクロコントロールを革新して充実させ、経済の動きを合理的な範囲内に確実に保つ」といった経済政策に重点を置いた任務が設定された。これは2016年の「マクロ経済政策の安定化と充実化をはかり、経済の動きを合理的な範囲内に保つ」と類似している。これらの点を踏まえると、いずれの年も経済への下押し圧力が強まっていることを認めつつ、景気の安定化を最重要視する方針に中国政府がかじを切っていることがうかがえる。【景気対策】景気対策においても類似点が多くみられる。財政赤字の対GDP比目標については、2.8%(前年の目標は2.6%)とされたが、財政赤字の拡大を許容したのも2016年以来のこととなる。具体的な政策をみても、2019年は、増値税*3を中心に製造業と小企業・零細企業の税負担を軽減することや、社会保険料負担を大幅に軽減し、企業の負担を2兆元弱軽減すること。機動的な景気対策として、地方のインフラ建設も増やし、地方特別債*4を2018年より8,000億元増やして2兆1,500億元として重点プロジェクトの建設を資金面で支えることや、鉄道、道路・水運投資等の重点プロ54 ファイナンス 2019 Apr.連載海外経済の 潮流

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