ファイナンス 2019年4月号 Vol.55 No.1
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評者渡部 晶ギデンズ,アンソニー<Giddens,Anthony>/サットン,フィリップ・W.<Sutton,Philip W.> 著/友枝 敏雄/友枝 久美子 訳ギデンズ 社会学コンセプト事典丸善出版 2018年12月 定価4,800円(税抜)経済官庁に務める者としては、アンソニー・ギデンズには、『第三の道――効率と公正の新たな同盟』(日本経済新聞社,1999年)(原著:「The Third Way:the Renewal of Social Democracy, (Polity Press, 1998)」が連想される。ギデンズが理論的支柱となったといわれるブレア労働党政権(ニュー・レイバー)は、「クール」で、日本にも大きな影響を与えた。しかし、本書の巻末では、「現代イギリスを代表する社会学者」と紹介される。こちらが正統なところであろう。図書館では、社会学の書架にギデンズ著の分厚い『社会学 第五版』(而立書房 2009)をみかけるが、共著者のサットンも社会学者で、『社会学 第八版』(2017年)(未訳)の共著者でもある。本書の表紙の裏書に、「社会学の大家アンソニー・ギデンズらが、選りすぐりの最重要キーワード(概念)70について、「基本となる定義」「概念の起源」「意味と解釈」「批判点」「今後の見通し」という共通見出しをもうけて具体的に解説」とある。また、本書は、友枝敏雄・大阪大学国際共創大学院学位プログラム推進機構特任教授と、その配偶者である久美子氏による共訳である。友枝敏雄氏は、社会学者であり、最近の編著書には、『社会学の力 -- 最重要概念・命題集』(有斐閣 2017年6月)のほか、「若者の保守化」を具体的にとらえたことで話題になった編著『リスク社会を生きる若者たちー高校生の意識調査から』がある。本誌2016年5月号で紹介した。久美子氏は、聖書関係の翻訳者として実績を重ねてきた。「訳者あとがき」で、本書の原書(初版)のいくつかの項目を読んで、「きわめて簡明に書かれているし、取り上げられている項目は『社会学の王道』を行くオーソドックスなものであった」と指摘する。第一に、キーターム(概念)の数は70であり、それほど多いとはいえないが、社会学を学ぶにあたり、必要な概念がすべて盛り込まれていて、近年、社会学の世界に登場してきた概念もバランスよく加えられているという。第二に、本書がイギリス社会の紹介になっており、イギリス社会についての理解を深めることができるという。取り上げられている概念には、階級、地位、官僚制、資本主義、ジェンダー、貧困、家族、権力など社会学を「実践する」営みにとって基本的な概念があり、グローバリゼーション、ポストモダン、再帰性(reexivity)、環境、ライフコース、修復的正義、障がいの社会モデル(social model of disability)などは、より最近になって確立したものであるという。本書の構成は、序章 社会学―70の基本概念、1章 社会学的に考えること、2章 社会学の営み、3章 環境とアーバニズム、4章 構造と社会、5章 ライフチャンスの不平等さ、6章 関係性とライフコース、7章 相互行為/作用とコミュニケーション、8章 健康・病気・身体、9章 犯罪と社会統制、10章 政治社会学、である。これらの各章に、70のキータームが配置される。例えば、7章の「アイデンティティ」(Identity)では、「基本となる定義」を「ある個人またはグループの特性のなかで、自己の意識にかかわる特徴的な面」、「概念の起源」は「アイデンティティは、生まれつきのものではなく、つくられるものである」からはじまる。「意味と解釈」では、「人間のアイデンティティは、個人的なものであるが、その一方で社会的な性質もある。それはアイデンティティが絶え間のない相互行為/作用の過程でつくられているからである」などとする。「批判点」では、アイデンティティが相対的に固定化しているという考えに異議を唱えるフーコーの議論が紹介される。それによれば、「アイデンティティというのは、多元的で安定性がなく、一生を通じて大きな変化にさられている」とする。「今後の見通し」では、「アイデンティティの概念は、今や社会学において十分に確立されており、多くの新しいテーマを研究する際にも使われている」という。加えて、友枝氏は、訳注で、「アイデンティティ」と片仮名書きして用いられることが多いが、かつて「存在証明」という素晴らしい訳語があったことを紹介している。序章にあるように、「本書は、読者が各概念を学んでいくにつれ、社会学の歴史とその今日的な形態とを結びつけることができる、という構造になっている」。社会学というものはなかなかとらえ難いところがあるが、各概念は、日ごろの議論でよく使われる言葉であることに改めて気づかされ、社会学の重要性をかみしめた次第である。42 ファイナンス 2019 Apr.ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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