ファイナンス 2019年4月号 Vol.55 No.1
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どのソーシャルメディアが使われ真偽不明な情報も多く統制のとれた運動にはならなかったこと*10、(4)こうした背景で始まった運動であるだけに正当性ある代表者が存在せず政府が交渉しようにも交渉相手が見つからなかったことが挙げられる。さて、黄色いベスト運動の直接のきっかけは、10月半ばをピークに生じた原油価格上昇に伴う燃料価格の上昇であった。特に増税幅が大きかった軽油では2017年末から10月半ばにかけて、1リットル当たり0.25ユーロ(32円)、ガソリンでも0.16ユーロ(21円)の価格上昇となって、2018年に増税がされていたことと、翌2019年にも増税が予定されていることに関心が集まったのである。筆者にとって驚きだったのは、この2019年の増税は、前述のとおり、既に2018年予算法で2017年末に決まっていたにも関わらず、ほとんどの黄色いベスト運動参加者に加え、一部閣僚までが2019年予算法案に盛り込まれていると勘違いしていたことである。逆に言えば、いかに2017年秋の2018年予算法案審議の際に燃料増税が議論にならなかったかが分かるのである。なお、皮肉なことに、運動が本格化した11月17日頃には、ピーク時に比べ1リットル当たり軽油は0.07ユーロ(約9円)、ガソリンは0.12ユーロ(約15円)値下がりし、さらに価格下落は続いていたのに、12月にかけて毎週土曜日の黄色いベスト運動はさらに激化していったのである。これは、この運動における要求が燃料価格・燃料税の問題に限られていたわけではなかったことも一因である。例えば、連帯富裕税の課税対象を不動産のみに限って不動産富裕税としたことは富裕層優遇の政策として批判されていたし、地方の道路(ロータリーや料金所)を封鎖していた人たちの中に少なからず高齢者がいたのは前述の一般社会税増税への反対を唱えるためでもあった。納税すべき企業が納税を行っていないとしてインターネット系企業への*10) 2月にマクロン大統領の出身地アミアンを訪ねた際、やはり黄色いベスト運動のデモに遭遇したが、聞いてみると2つのデモ隊がデモをしており、お互いの仲は悪いとのことだった。*11) 2018年予算法で規定された2019年分の燃料増税(約29億ユーロの増収)のほか、2019年予算法案では特定の軽油使用者に対して認められていた燃料課税の軽減税率の廃止(約10億ユーロの増収)も盛り込まれており、これらを合わせ約40億ユーロの増税となっていた。*12) 2019年予算法案における2019年の財政赤字は対GDP比▲2.8%で、2019年の燃料増税は対GDP比0.2%であったため、増税を撤回すれば財政赤字対GDP比3%超の恐れがあった。一方、6ヶ月延期であれば半分の0.1%の悪化で済むため、財政赤字対GDP比が▲2.9%に収まるという計算がこの6ヶ月延期の方針の裏にあったことは想像に難くない。*13) フィリップ首相は「2019年予算(法案の審議)において元老院が(自動車燃料に対する)税の引上げの削除を採決したが、その税が再導入されることはない」と発言し、元老院が行った修正(2018年予算法で盛り込まれた増税の2019年以降の税率の削除、2019年予算法案における燃料課税の軽減税率廃止条項の削除)を受け入れることを表明。ちなみに、この増税が撤回された後のフランスの税率と比べても、(付加価値税又は消費税を考慮しないで)日本の軽油に係る税率はフランスの半分未満、日本のガソリンに係る税率はフランスの3分の2未満の水準である。課税強化の主張も強く唱えられた。さらに、財政問題にとどまらず、1958年以来の第5共和制を終わりにして第6共和制に移行すべきだとか、市民のイニシアティブによる国民投票を行うべきといった主張も出て、国の政体の在り方の問題にまで黄色いベスト運動の主張が及んでいくのである。11月17日、11月24日の2回のデモまでは、マクロン大統領を初め政権側は譲歩しない構えであった。これは、軽油・ガソリンの燃料増税は気候変動対策・環境対策から必要であり、また、その撤回が約40億ユーロ(約5000億円)*11すなわち対GDP比▲0.2%の減収をもたらすため、2019年の財政赤字が3%を超える恐れがあったためと思われる。さらに、労働法改正やフランス国鉄改革に当たり、組合側に譲歩せずに改革法案を議会で成立させた成功体験があったことも、黄色いベスト運動への譲歩を躊躇させた原因の一つだったかもしれない。このため、11月27日のエコロジー転換のための演説では、マクロン大統領は、むしろ、環境問題への対処のための燃料増税の必要性を説き、国民の理解を求めた。しかし、12月1日のデモでは、黄色いベスト運動参加者以外も混じって広範囲にわたり略奪・放火行為が行われ、また、国民の黄色いベスト運動への支持も高いままであり、政府としても何らかの譲歩が求められる事態となった。このため、12月4日、フィリップ首相が2019年1月引き上げ分の燃料増税を6ヶ月延期する方針*12を発表するも運動参加者の納得は全く得られず、5日には大統領府筋の情報として2019年の燃料増税完全撤回の方針が伝えられ、翌6日にはフィリップ首相がこの増税完全撤回の方針を再確認*13するも12月8日に黄色いベスト運動のデモとともに再び略奪・放火行為が展開され、ついに12月10日、マクロン大統領が自ら演説し、運動の鎮静化を図ることになるのである。34 ファイナンス 2019 Apr.SPOT

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