ファイナンス 2019年4月号 Vol.55 No.1
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(+5億ユーロ)、公共放送改革の実施、政府定員の見直し財政再建についても、この時点では、2019年の実質経済成長率1.7%を前提とし、(1)国民負担率(対GDP比)は、2018年見通しの45%から2019年に44.2%への低下を見通し、(2)歳出対GDP比は2018年見通しの54.6%から2019年に54%への低下を見通し、かつ、(3)財政再建については、2019年は財政赤字対GDP比▲2.8%(競争力・雇用税額控除(CICE)の社会保険料軽減への転換に伴う一時的要因を除けば▲1.9%)*6と、EUの▲3%以内の目標の達成を見込み、2022年には▲0.3%の準均衡状態への到達を見通していた。4黄色いベスト運動マクロン政権が誕生してから筆者が驚いたことの一つは、業種横断的なストライキや大規模デモが激化する場面がしばらくなかったことであった。例えば、(1)2017年秋の労働法改正(企業別協定が産業別協約に優先される範囲の拡大、不当解雇時の賠償金額の上限設定など)の際に労働組合が組織したデモやストライキがそれほど激化せずに終わったこと、(2)サラリーマンの健康保険料・失業保険料廃止の財源としての一般社会税の引上げに反発し、保険料廃止の恩恵を受けないまま増税の影響を受ける高齢者が2017年9月、2018年3月、6月とデモを行ったが、他への波及を見せず小規模にとどまったこと、(3)政府のフランス国鉄(SNCF)改革に反発して、4つの労働組合(CGT、CFDT、UNSA、SUD-*6) CICEとは最低賃金の2.5倍までの賃金支払(2.5倍を超える場合はその全額がCICEの対象から外れる)につきその6%分の税額控除を企業に認める減税措置。2019年から社会保険料軽減に切り替えることとされたが、2018年分の税額控除は2019年に行われるため、国にとっては、2019年分の社会保険料軽減とダブルで減収となり、財政赤字対GDP比の一時的悪化要因(▲0.9%)となっている。*7) CGTは「労働総同盟」を指し中小企業及び行政に組合員が多い最左翼とされる全国系の労働組合、CFDTは「フランス民主労働同盟」を指し最近CGTを上回りフランスで最大となった全国系かつ穏健派の社会改良主義的労働組合で、この2つはフランスの5大労働組合の一角をなす。UNSAは「全国独立系組合連合」を指し、元々独立系・非業種横断系の組合が集まってできたものでCGTやCFDTに比べると規模は小さい穏健派の社会改良主義的労働組合である。SUD-Railは「連帯統一民主・鉄道労働組合」を指し、鉄道関係組合員で組織する独立系組合でジュペ政権が国鉄改革後退を余儀なくされた1995年の大規模国鉄ストの際に創設され、やはり最左翼に位置するとされている。*8) 「黄色いベスト」を使うというのはなかなか良く考えられたアイデアではあった。というのは、「黄色いベスト」は2008年10月1日から自動車運転者に携行が義務付けられ、自動車を持つ人ならだれでも持っていたものであり、しかも価格も1着数ユーロと極めて安価であるためである(2008年7月30日のデクレ第2008-754号による道路法典R416-19条の改正により「車の運転手は緊急停止に続いて路面又はその周囲において動かなくなった車両から外に出ることになったときには、規則に従った高い可視性のあるベストを着用しなければならない」という条項が追加され、2008年10月1日から運転の際に蛍光色のベストの携行を義務付け)。*9) 黄色いベスト運動に参加していた人達に聞くと、政党は自分たちの利益を代表せず労働組合も主要マスメディアも政府に買収されており信頼ならないと口々に言っていた。Rail*7)が、2018年4月から6月までの間、2日ストライキ・3日通常運行というサイクルでのストライキを組合員に指示し、かなりの数の列車運行が取りやめられたものの、国鉄改革は止められず、フランス国鉄のサービスの質の低下を見てきた国民の同情も集められず、他業種にストを波及させることもできず、7月に入ってUNSAとCFDTがストライキから離脱し、残り2つの労働組合も7月に散発的なストライキをするだけでヴァカンスシーズンに入ってしまったことを見るにつけ、もしかするとフランス社会が変容し始めているのかもしれないとも思っていた。確かに、マクロン大統領誕生の背景にあったのは、フランス政治の長い間の軸であった既存右派・既存左派の支持層に必ずしも与しない人々が増えてきていたことにあり、それと軌を一にして、労働組合の組織力やその一般大衆への訴求力も落ちてきたように感じられる。マクロン政権誕生後、しばらく業種横断的ストライキや大規模デモが少なかったのは、得てしてこれらを組織してきた労働組合の力が落ちたことに由来すると思われ、そういう意味ではフランス社会は変容してきていると思われる。しかし、あくまで、既存のデモの組織者が支持を得られなくなって小康状態になっていただけで、デモなどの運動に不満を訴えるという考え方自体が変容したわけではなかったというのが、今回の黄色いベスト運動*8の発生を通じて筆者が至った結論である。そして、特徴的だった点として、(1)この運動が地方発で呼びかけられて始まったものでありパリ発ではなかったこと、(2)労働組合や政党などの既存の組織ではなく複数個人の自然発生的な呼びかけに端を発した運動でありむしろ既存の組織は蚊帳の外におかれたこと*9、(3)連絡を取る手段としてFacebookな ファイナンス 2019 Apr.332019年予算と黄色いベスト運動から見たフランスの今 SPOT

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