ファイナンス 2019年4月号 Vol.55 No.1
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1はじめに昨年6月号から本年3月号のファイナンスに、160年前や75年前のフランス関連の話を連載してきたが、現在フランスで何が起きているかという話も大事だと思うので、2019年予算の話を中心にフランスの今を語ってみたい。フランスの最近の動きで皆さんが印象深いのは、やはり昨年11月以降の「黄色いベスト運動」ではないかと思う。凱旋門をバックにシャンゼリゼ大通りをデモ隊が進み、発煙筒や催涙ガスの煙が立ち込め、革命前夜ではなかろうか、という映像・画像が日本でもたくさん流れていたので、日本から「今、パリに行って大丈夫なのか」と多くの問い合わせを頂いた。ただ、特筆すべきはこのデモは土曜日にしか行われないので、日曜日から金曜日は何の騒ぎも起きないという点である。だから、革命前夜という感じとはちょっと違ったし、筆者は、パリに来る人たちに「デモ隊は土曜を避ければ心配ありません。むしろ、スリ・泥棒に本当に気を付けてくださいね。」と言い続けてきたのだが(パリ市内では、ポケット・バッグから財布・携帯電話がいつの間にかなくなる、横に置いた荷物がこつ然と消えるというのは日常茶飯事)、そうはいっても、今回の運動が近年まれに見る規模の運動であり、政権運営に少なからず影響を与えたことは間違いがない。仏国の体制や風習では、人民が皆政治に関ろうとし、民間に権力があり、政府に威力が薄く、民心が沸騰し易く、それが激動する時に常に政府を突き上げ、制度を転換させようとする*1。これは、現代フランス*1) 渡正元著、横堀惠一校訂現代語訳「巴里籠城日記」。原文は「佛の國體(こくたい)は其土風人民擧(こぞっ)て政治に關係し、草莽(そうもう)に權ありて廟堂(びょうどう)に威力薄く、動(やや)もすれば民心沸騰し、其激動するに當(あたっ)ては常に政府を衝いて制度を轉(てん)換せしめむとす。」(カッコ内は筆者が補足)*2) さらに、日本とは異なり、社会保障については社会保障財源(一般社会税など社会保障財源となっている税収と社会保険料収入)が政府の会計を通過せず社会保障給付を担う金庫に直入し、予算法の範囲には含まれないことから、別途、社会保障の部門ごとの歳入見積及び歳出目標並びに社会保障制度改正を定める毎年度の社会保障財政法案が議会に提出され、議会の審議・採決に付される。*3) 2018年予算法(2017年12月30日付法律第2017-1837号)LOI n°2017-1837 du 30 décembre 2017 de nances pour 2018。*4) 2018年から2022年までの財政プログラム法(2018年1月22日付法律第2018-32号)LOI n°2018-32 du 22 janvier 2018 de programmation des nances publiques pour les années 2018 à 2022。についての筆者の観察ではなく、約150年前の1870年、パリに留学に来ていた渡正元(わたり・まさもと)が、フランス皇帝ナポレオン3世が普仏戦争で捕虜となりフランスが共和制に変わった瞬間を見て書き記した言葉であるが、この言葉が今でも妥当してしまうのが、フランスという国である。2フランス2018年予算のおさらいフランスの2019年予算の話をする前に、マクロン政権発足後初めての2018年予算の話をおさらいしておきたい。筆者は、これまた2017年11月号のファイナンスに、「マクロン政権の誕生、そして初の予算編成」と題して予算案段階の2018年予算についての解説記事を書いたが、その後、議会で修正が加わったこともあり、ここでもう一度取り上げる。まず、フランスの予算は、日本における予算と税制改正法などを一括した「予算法」(loi de nances、直訳は「財政法」だが、財政の基本を定める日本の「財政法」と混同するため敢えて「予算法」と訳す)として法案の形で提出され、審議、採決がなされることをまず述べておきたい*2。2018年予算法案は、2017年9月27日に議会に提出され、同年10月以降、国民議会(下院)及び元老院(上院)の審議・修正を経て、12月21日に成立している*3(第二読会の国民議会の修正案を元老院が否決したため、首相の要求に基づき国民議会が最終議決して成立)。また、同時にマクロン政権期間中の5年間の財政の道筋を定める財政プログラム法案*4も成立2019年予算と黄色いベスト 運動から見たフランスの今在フランス日本国大使館参事官 有利 浩一郎30 ファイナンス 2019 Apr.SPOT

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