ファイナンス 2019年3月号 Vol.54 No.12
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神田に、420年ほども続く、白酒で有名な酒店がある。雛祭りを前に足を運んだところ、180ml入りの白酒の瓶を一人で5本、6本と、ひっきりなしに中高年の男性が買っていく様子が目に留まった。今から180年余りも前の「江戸名所図会」でも、雛祭り用の白酒を買いに、2月末に黎明から同酒店に押しかける人々の図があるが、そういえばそこでも描かれているのは男性客ばかりである。当時の絵を見ると、振り売りのために(いわば町で小売する仕入れのために)購入する人もいたのではないかとは思うが、大切そうに抱えられて店を出た白酒が、いずれ各所でお祝いに当たって飲まれるかと思うと、今の光景を見ても、昔の図会を見ても、心あたたまる。もっとも、この白酒、10%弱ほどにもなるアルコール分を含むれっきとしたお酒であり、子供には向かない。雛祭りと聞くと、きっと多くの人が思い浮かべるであろうサトウハチローの「うれしいひな祭り」の歌で、右大臣が白酒を飲んだのか赤ら顔になっている場面があることを思い浮かべても、女性のお祭りにかこつけてお酒を飲んで楽しんでいる男性陣も多かったのだろう。白酒は飛び切り甘いため、どんな上戸でも飲みすぎることはないと思われるが、あの格別な甘さは優しく、少量でも色々な思いに酔いしれるのではないだろうか。米と水で造る通常の日本酒に対して、白酒は焼酎やみりんを原料とする。実際、私が神田で買ってきた白酒も、原料は米、米麹、本みりんとなっている。酒の分類上はリキュールに当たる、というのも納得感がある。ものの本*1によると、紹興酒の一種(善醸酒)も、このように水ではなく酒で仕込むようで、日本でも江戸時代の初期から中期にかけての酒(古酒)にはこう*1) 坂口謹一郎(2007年)「日本の酒」岩波書店、P.28*2) 中国では、米を原料とする醸造酒を総称して「黄酒」と呼ぶ。紹興酒は黄酒の一種。中国で「白酒」と言えば、穀物を原料とする蒸留酒のことで、中国でこの酒の乾杯文化にやられてしまったという方もいらっしゃるのではないだろうか。した造りのものがあったそうである。紹興酒はもち米を原料とするところも、白酒と類似している。また、同酒の生産地である紹興周辺では、女の子が生まれると紹興酒を買って、大切に保存して、その子がお嫁に行く時に開封するという風習があるやに聞くので、女の子のお祝いに使われるという、一筆に値するような特徴が共通している点は面白い。紹興酒には、この習慣を名にした、空港やどこでも売っている「女児紅」という銘柄もある。中国の人との話の折に、「日本でも女児のお祝いに使う、もち米を原料にとした酒があるが、これは中国の黄酒*2とは異なり白酒と言ってしごく甘い酒だ」などという話をすると、両国の酒文化に触れられるのではないだろうか。なお、古酒を尊ぶ紹興酒に対して、暖かくなる前には売り出しを止めてしまう白酒は季節性が強く、その時季に飲み切ってしまう点は大きく異なるように思う。雛祭りは季節もので3月3日というイメージが強いが、地方によっては、4月3日(あるいは旧暦の3月3日)に雛祭りを執り行うらしく、白酒もそのあたりを意識しつつ販売を行っているという。ただ、その頃までには売り切ってしまうものとのことなので、今年の白酒を逃した方は、来年1月下旬から2月頃に発売開始される来年の白酒を待たなくてはならない。こうした季節性がこの時代でも生きているのは、日本の酒が日本の気候と文化に密接している査証ともいえ、雛祭りにかこつけて酒を消費している一消費者としても、この文化を大切にしたい。お酒まわりのあれこれ第3回:白しろ酒ざけ増田 満68 ファイナンス 2019 Mar.お酒まわりのあれこれ連 載 ■ お酒まわりのあれこれ

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