ファイナンス 2019年3月号 Vol.54 No.12
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多くの物流企業が指定公共機関となっている。2016年4月14日21時26分、16日1時25分、我が国観測史上初めて震度7が連続して発生した熊本地震では、本震発生翌日には熊本県民の10%が避難し、県の備蓄物資の構想を大きく上回る事態が発生した。政府の新たな取り組みとして、東日本大震災の教訓を生かし、政府調達物資をより早く届けるために、県からの要請を受ける前に物資の輸送を開始する「プッシュ型支援」が行われた。2度の地震により、広域物資輸送拠点が被災し、県内に適当な拠点がなかったため、県外の民間拠点の活用が決まった。内閣府のリエゾン(情報連絡員)が派遣され、官民連携で政府調達物資を迅速に届けることに取り組んだ。それにもかかわらず、発災後数日間は政府調達物資が市町村避難所に届かない事態が発生した。その原因をTOC理論の手法で検証する。TOC理論は生産管理やサプライチェーンマネジメントに大きな影響を与えたものであるが、今では製造業のみならず一般的な問題解決の手法として用いられている。TOC理論の考え方を一言でいうと、「一番弱いところが全体の制約であり、そこに集中して取り組むべきである」というものである。当時の物流の様子は指定公共機関としての経験と実績がある日本通運株式会社をヒアリングした。熊本地震の際に、内閣府災害対策本部、熊本県災害対策本部を経験した同社の社員の話によると、物の流れが最も滞っていたのは、市町村物資集積拠点であった。そこには、一般の人や企業から、形状がバラバラの多くの義援物資が流れ込んでいた。義援物資は人々を想う気持ちであり、否定されるべきものではない。しかしながら緊急を要する政府調達物資を輸送する期間に限り、需要と供給の一致のためには一時的な抑制が必要だと考えられる。熊本地震においては、東日本大震災の教訓が生きた。そして官民連携も行われた。同じ災害は2度発生しない。必要な「救援物資」を、必要な「時」に、必要な「量」だけ、必要な「場所」へ届けるためには全体最適のロジスティクスが重要である。そのためには、今後も官民・事業者・地域の枠を超えた連携が欠かせない。尚、ワークショップでは、ヒアリング先が限られていることや、TOC理論の活用の仕方について指摘があったため、多方面からより多くの情報を収集し、理論の理解を深めることを今後の課題としたい。2.2. 東日本大震災が非被災地域の自動車輸出に与えた影響(発表者:財務総合政策研究所研究員 森泰二郎)東日本大震災が非被災地域の自動車輸出額に影響を与えたのかについて、サプライチェーンにも着目をして分析を行った。近年、数多くの自然災害が発生しており、甚大な被害をもたらしている。震災による被害は人的・物的損失だけではなく、非常に大きな経済的損失をもたらす。また地震の影響は国内外問わず多岐にわたるため、どのような影響や被害があったのかを把握することは非常に重要である。先行研究では、GDPや企業の売上への影響について分析した研究は存在するが、貿易への影響について定量的に分析した研究は少ない。そこで今回のワークショップにおいて、自然災害がもたらす影響の把握を目的として、東日本大震災が都道府県ごとの貿易輸出額に与える影響について分析を行った。被災地域では自動車部品産業が盛んであるため、本分析では自動車産業を対象に、特に非被災地域にも震災の影響が存在したのかについて分析を行った。貿易統計から取得した2009/1~2013/12までの都道府県ごとの自動車輸出額データを用いて推定した結果、非被災地(本分析では災害救助法が全市町村に適用されていない都道府県と定義)でも輸出額は有意にマイナスの影響を受けていることが分かり、非被災地にも震災の影響が存在したことが示唆された。加えて、サプライチェーンの川下に位置する完成品は部品よりサプライチェーン断絶による影響が大きいと考えて、輸出額を完成品と部品に分けて分析も行った。結果として、完成品の方が、有意にマイナスの影響を受けている非被災地が多いということが示されたことから、震災の影響はサプライチェーンを通じて伝播している可能性が高いことが伺える。以上より、震災時にサプライチェーンが断絶してしまった際は、その早期復旧が非常に重要であると考えられる。実際に、東日本大震災の復旧過程においては、道路インフラを早期に復旧させたこと、非被災企業から被 ファイナンス 2019 Mar.63シリーズ 日本経済を考える 87連 載 ■ 日本経済を考える

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