ファイナンス 2019年3月号 Vol.54 No.12
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コラム 海外経済の潮流120大臣官房総合政策課 渉外政策調整係長 田邊 宏典中国における格差中国は改革開放政策以来、目覚ましいスピードで経済成長を遂げ、今や世界第2位の経済大国となったが【図1】、その一方で中国国内では格差が問題となっている。例えば、所得の不平等を表す指標としてジニ係数があるが、中国のジニ係数は先進各国と比較して高い水準にある【図2】。中国共産党は2017年の第19回党大会において、2020年までに全面的な小康社会(いくらかゆとりのある社会)を築くことを決定し、貧困層の所得を引き上げることを目標に掲げ、最低賃金引上げなどの格差縮小のための政策を進めている。そこで今回は、中国における格差、特に都市内部での格差問題について概観する。市場経済の考えを取り入れた改革開放政策は1978年に始まったが、まずは経済発展に有利な地域(沿岸部)に集中投資をするという「先豊論」が基本理念とされており、国家資金、外国資本、技術、人材が沿岸部に集中投資された。その結果、都市化の進んだ沿岸部の所得は上昇していった。沿岸部と内陸部の所得差に問題意識を持った中国の歴代政権は、経済成長路線をとるとともに、格差是正に取り組んできた。主な政策として、1993年に国家主席に就任した江沢民は「西部大開発」を提唱し、西部地域にインフラ整備や技術移転を行うなど、地域格差の是正を本格的に進めた。また、2008年に発生したリーマンショックによる景気後退を回避するため、胡錦濤政権は4兆元の景気対策を断行したが、その際のインフラ投資が四川省や陜西省等の内陸部に多く配分された。このような政策により、中国全土での都市化*1は他の発展途上国と比較しても急速に進んでいった【図3】。*1) 中華人民共和国城市規劃法では、都市とは、国の行政決定によって設立された「直轄市」、「市(地級市、県級市)」及び「鎮」と定義されている。「鎮」とは、一般的に、農村地域の内、工商業が一定程度発達し、非農業人口が比較的集中している地域や行政の中心地を切り出す形で設置された行政区画を指す。中国政府は都市化を「城鎮化」と表現している。*2) 戸籍制度は、1950年代後半に都市住民の食料供給を安定させ、社会保障を充実させる観点から、農村部から都市部への人口流入を防ぐために導入された。これにより、大きく都市戸籍と農民戸籍に区分され、農村戸籍者は都市部への移動が制限された。改革開放政策が進むにつれ、都市-農村間の移動制限が徐々に緩和されたことで、農村戸籍者が都市部へ移住することが可能となり、農村部から都市部へ高い賃金を求めて出稼ぎに出てくる、いわゆる「農民工」が増加することとなった【図4】。一方で、都市化が進むにつれ、新たな問題が生じてきた。その一つが都市部への人口流入抑制のために導入された戸籍制度*2による都市内での格差である。改革開放政策以降、中国全土で都市化が進むにつれ、農村部から豊かな生活を求めて都市部へ出稼ぎに出てくる、いわゆる「農民工」が増加していった。農村出身者は戸籍上、農村戸籍者となり、都市内部においては、農村戸籍者は都市戸籍者と同列には扱われず、職業面や教育面などで差別的な取扱いがされた。例えば、職業面においては、農村戸籍者が都市で就くことができる職業は地方政府による制限があり、低賃金の職にしか就けないことが多く、また、教育面でも、都市部では農村戸籍の子供は入学できない学校があるほか、入学が可能な学校でも、授業料が高額で払えない等の理由から、十分な教育が受けられず、高所得の職業に就けない状況も存在した。このようなことから、都市戸籍者と農村戸籍者の間で格差が固定化する傾向にあった。そこで中国政府は、都市部での格差解消に向けた対策として、戸籍制度の改革を行っている。最近では2014年の共産党中央都市化工作会議において「戸籍制度改革をより一層推進することに関する指導意見」が公布され、従来の戸籍区分を廃止して、住民戸籍に統一し、各都市が発行・管理する居住証に基づく住民管理に転じる方針が示された。この指導意見に基づいて、各地方政府は統一戸籍の導入を進めている。ただし、戸籍改革に当たっては、統一戸籍の取得要件は各都市の受入れ余力に応じた各都市での決定に任せられている。例えば、北京市での統一戸籍の取得には、(1)北京市居住証を所持していること、(2)45歳以下であること、(3)北京で7年以上続けて社会保58 ファイナンス 2019 Mar.連 載 ■ 海外経済の潮流

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