ファイナンス 2019年3月号 Vol.54 No.12
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いては2010年の11.1%から2016年には18.3%(約748万人)に増加している。また、貧困率については2009年の26.3%から2015年には21.6%となり*4、ジニ係数も2009年の0.4641*5から2015年には0.4439*6へと改善したが、それでもなお、全人口の21.6%に相当する約2,200万人の貧困層が存在し、所得階層の上位10%と下位10%の格差が9倍(2015年)となっているなど、多くの人々が格差を意識する状況が継続していた。さらに、アキノ政権下における所得の改善は、主にマニラ首都圏等の都市部において見られており、地方部の所得はあまり変わらないか、むしろ減少した。こうした状況を改善するためには、中央政府が、地方部も含めて大規模なインフラ投資や雇用の創出を推進するとともに、包括的な税制改革、教育・社会保障関連支出の拡大等の所得再分配政策を実施する必要があった。そのため、特に低所得者層を中心とする人々は、アキノ政権の自由主義的な経済政策の単なる継続ではなく、ミンダナオ出身で、財閥等のエスタブリッシュメントから距離を置くドゥテルテ氏に「変化」を求めたのである。3.経済政策の基本的な方向性本章では、ドゥテルテ政権の経済政策の基本的な方向性について確認したい。(1)経済政策の経済閣僚への一任検察官出身で、長年に亘りダバオ市長を務めてきたドゥテルテ大統領にとって、最も重要な課題は「麻薬・犯罪・汚職」の撲滅である一方、経済政策については、そこまで馴染みの深いものではなく、選挙期間中も具体的な方針が示されていなかった。2016年5月にドゥテルテ氏の当選が確定し、次期大統領として具体的な経済政策の方針を示していく必要が生じる中で、ドゥテルテ大統領は、幼少期からの友人で、コラソン・アキノ政権で農業大臣を務めたカルロス・ドミンゲス氏を財務大臣に指名し、経済政策については、*4) Philippine Statistics Authority「2015 Full Year Ofcial Poverty Statistics of the Philippines」(2016)*5) Philippine Statistics Authority「2009 Family Income and Expenditure Survey」(2010)*6) Philippine Statistics Authority「2015 Family Income and Expenditure Survey」(2016)*7) 2018年6月20日、ドゥテルテ政権の主要経済閣僚が、ダバオ市にてビジネス関係者約700名を対象とした新政権主要経済政策に係るビジネスフォーラムを開催した際、ドミンゲス氏が発表。同氏は、同年5月に行われた記者会見の中で主要経済政策8項目を示しており、その内容を発展させ、科学技術及びリプロダクティブヘルス法に関する項目を追加したものが「主要社会経済政策10項目」となっている。実質的に同氏に一任することを決めた。ドミンゲス氏は、ダバオの実業家一家出身であり、フィリピン航空会長をはじめとする多くの大企業で要職を務めるなど、ビジネス経験が豊富で、経済界に幅広い人脈を有していたため、同氏の財務大臣就任は、経済界を安心させるものとなった。ドゥテルテ大統領と近しく、大統領から厚い信頼を得ているドミンゲス氏の閣内における影響力は非常に大きいものとなり、ドゥテルテ政権前半の経済政策は、ドミンゲス氏を中心とする「経済閣僚(Economic Managers)」を中心に動いていくこととなる。(2)「主要社会経済政策10項目」ドミンゲス氏のイニシアティブで2016年6月に発表されたのが「主要社会経済政策10項目」*7であり、ドゥテルテ氏が具体的に打ち出した初めての経済政策の方針となる。主な内容として、まず第1に、「現行のマクロ経済政策の継続・維持」を掲げ、アキノ政権下で好調であったフィリピン経済の勢いを保つため、基本的なマクロ経済政策は継続することを明確にした。さらに、アキノ政権に引き続き、外資誘致による雇用の創出を行うため、ビジネス環境の改善を進めることも示した。これらの方針については、それまでドゥテルテ氏の経済政策の不透明さに不安を抱えていた経済界・外国企業から一定の評価を得ることとなった。一方で、ドゥテルテ政権が掲げる「変化」としては、「インフラ投資の拡大」及び「包括的税制改革」を打ち出した。アキノ政権の下でもインフラ予算を増(出典:大統領府)(出典:財務省)ドミンゲス財務大臣(右)は、日本の歴史や文化に対する造詣も深く、自身とドゥテルテ大統領(左)の関係を「竹馬の友」と形容する。50 ファイナンス 2019 Mar.連 載 ■ 海外ウォッチャー

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