ファイナンス 2019年2月号 Vol.54 No.11
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先日、やさしくもしっかりとした味とふくよかな香りが印象的な日本酒をいただく機会があった。ラベルが愛らしい雪だるま柄で、それだけで、寒いこの時季の固まった身体の緊張が解けるとともに、気持ちが和んだ。オシロイバナの酵母を利用しているというのも夢広がる。佐賀の「天吹」というお酒なので、現地でそんなに雪が降るとも思えないが、それ故に逆に雪をいじったようなラベルを思いつくのかも知れない。雪国の人は、故郷を離れた時は別として、一般的に雪に対してさほど夢心を抱かない印象がある。さて、しびれるように寒いこの季節は、なんといってもフグが美味しい。大分もの心ついてから、初めてフグを食べた時のことを未だに覚えている。広島の地料理屋で、透けるように薄い刺身を初めて見て、その淡泊な味と薬味との組み合わせに夢中になった。ただ、その時には、鰭酒というこれまたフグ料理には欠かせない絶品の酒があることを知るべくもなかった。税務の現場にいた時に、時の統括官が若狭からフグを取り寄せてくれたのを、部門のみんなでつついたのも懐かしい思い出だ。それまで私は、フグと言えば下関と思っていたが、このとき日本海で鍛えられた若狭のフグの身と、鰭酒の味わい方を学んだのは大きかった。東京で生活していると、なかなか高級魚と目されるフグにはありつけないが、最近は年に一度のこの季節の贅沢と称して、フグセットを入手して、いただくようになってきた。焼いた鰭を入れた大きめのぐい呑みに、チロリで熱めにつけた純米酒を注ぎ、素早く豆皿でしっかり蓋をする。席に持ってきて、手元でマッチの用意をしてから、豆皿をさっと外して火を付けると、ボッと青い炎がゆらりと立つ。外の寒さ、部屋の暖かさ、これから飲む酒の味わいなどが感じられ、なんとも幸せなひとときである。この時、鰭が十分に焼かれて酒に味が出ているのであればこれだけで良いが、そうでなければ、少々コツはいるが、アルコールに火をつける折に、鰭も一緒にあぶり直すのも一手である。もっとも、この手の話は、個人の好みと流儀があるものなので、鰭酒が出てきた折に不用意にこんな話をしてしまうと、鰭をあぶる・あぶらない、あるいはそもそも火をつけるべきか否かという論争と実証実験だけで、軽く2杯位は飲めてしまうことになるので要注意だ。また、この時のマッチの香りが酒の香りを邪魔するのではないか、ライターの方が良いのではないか等も、議論し始めてしまうと、これでまた2杯位になってしまうので、更に注意を要する。なお、鰭酒は通常の燗よりも熱い燗にしてアルコールを蒸発させている上に、水面に漂っているアルコールも燃やしてしまうので、アルコール度数が常温や冷やで飲む日本酒に比して低い。そんなことも、盃が進む一因な気がする。さて、鰭酒だけで満足してしまいそうだが、せっかくフグセットを入手したのであれば、鰭酒に酔いしれる前に一つ、切り身を入れた身酒を愉しむべきかもしれない。もっとも、刺身を楽しむので一所懸命になってしまって、なかなか身酒用に切身が残らないということも往々にして発生するのだが、熱い日本酒に身の味わいが伝わり、味わいがある。また、アルコールにしっかり浸った切身を口にすると、その先の鍋や鰭酒が一層楽しみになるので、ぜひとも鰭酒に進む前に、フグ刺しとともに一口味わうのがおすすめだ。お酒まわりのあれこれ第2回:ひれ酒増田 満64 ファイナンス 2019 Feb.お酒まわりのあれこれ連 載 ■ お酒まわりのあれこれ

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