ファイナンス 2019年2月号 Vol.54 No.11
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整プログラムの結果は、いわゆる「市場の失敗」と政府の役割を再考する重要な機会にもなった*7。以上の通り、債務問題は多くの開発途上国が債務危機に陥った1970年代末以降、開発においても重要課題となり、その対応として実施された世銀及びIMFによる構造調整プログラムの結果は市場の失敗に係る教訓を生み、政府の役割を再考する重要な機会となった。また、債務問題は、冒頭で述べた中国の一帯一路の影響や来る2019年6月のG20大阪サミットの主要議題として挙げられるであろう世界のインフラ整備に係る融資の在り方を考える上でも切り離せない。さらに、開発協力大綱に則り、JICAなどを通じて開発途上国及び新興国の開発支援を行う我が国にとっても、円借款及び海外投融資による有償資金協力*8を通じた投融資供与先の債務持続性を見極めることは、とりわけ、債権の保全と持続可能な開発資金の供与を行う上で必要不可欠だと考えられる。有償資金協力に付随して生じる我が国の債権は、2017年度だけでみても1兆8,884億円*9と大規模で、その内訳は、円借款が1兆8,454億円(計53件の供与実績)、海外投融資が430億円(計6件の供与実績)となっており、円借款が全体の97.7%と大部分を占める(JICA, 2018)。ソブリン信用リスク管理では、先に見た通り、その大規模な債権額から慎重なリスク管理が必要となるわけだが、事業体を対象とした海外投融資審査で主に用いられる財務諸表分析や企業経営者に対する定性的な聞き取り調査などとは異なる諸要*7) 世銀は、政府の強い介入により成功したと称賛される東アジアの中所得途上国を対象に、『世界開発報告1991年』(「市場機能補完アプローチ」についての特集)、『東アジアの奇跡』、『世界開発報告1997年』(「開発における国家の役割」の特集)などの一連の研究を進め、その結論として、「市場の失敗」における政府介入の役割を評価した上で、政府の役割をより積極的に認める柔軟な姿勢を示した(石川,2002,p11)。*8) 有償資金協力とは、政府開発援助(ODA)のうち、金利や償還期間等について緩やかな条件で比較的大きな開発資金を融資または出資し、その成長・発展への取り組みを支援するもの(JICA, 2018)。*9) 円借款、海外投融資(貸付・出資)の承諾額。*10) 関連して、債権国と債務国間の返済に係る協議は、二国間を基礎として行われるが、対外債務の返済が困難となった債務国に対する公的債権保全枠組みとしてパリクラブという国際的な支援枠組みが存在するなどの特殊性もある。パリクラブは、主に延滞対外債務の繰延と債務削減の調整を行う公的債権者による非公式会合で、1956年にパリで開催されたアルゼンチンの延滞対外債務の繰延についての会合がはじまりとされる。1956年以来、90を超える債務国と433の協定(総額5,830億ドル)が合意されてきた。詳細については、以下URLのパリクラブウェブサイトから閲覧可能(2019年1月31日確認時点)。http://www.clubdeparis.org/en*11) IMF(2017)は、低所得国の略称をLICsとし、IMF及び世銀による低所得国向け債務持続性枠組みにおける低所得国の略称をLICと使い分けている。*12) 2019年1月時点で以下URLに記載されている国々が対象とされている(2019年1月31日確認時点)。 https://www.imf.org/external/Pubs/ft/dsa/DSAlist.pdf*13) PGRTは、LICsの多様なニーズに柔軟に対応するためにIMFによって2010年に設立され、以下3つの譲許性の高い融資手段をもつ:(1)国際収支上の問題が長期化した場合に中~長期的に用いられるExtended Credit Facility(ECF)、(2)実際に起きているもしくは潜在的に起こりうる短期の国際収支上の問題などに用いられるStandby Credit Facility(SCF)、(3)緊急の国際収支上の問題が顕在化した際に一括払いで迅速に用いられるRapid Credit Facility (RCF)。詳細については、以下URLから閲覧可能(2019年1月31日確認時点)。 https://www.imf.org/en/About/Factsheets/IMF-Support-for-Low-Income-Countries*14) 一人当たり国民総所得(GNI)が毎年新たに定められる上限(2018年度は1,165米ドル)を超えないことが条件となっている。また、小島嶼国など、一人当たりGNIの上限を超えているものの、中所得国及び信用力のある貧困国に融資などを行う国際復興開発銀行(IBRD)からの融資を受けられるだけの信用度に欠ける一部の国も含まれる。詳細については、以下URLから閲覧可能(2019年1月31日確認時点)。 https://ida-ja.worldbank.org/about/borrowing-countries*15) 例えば、NCBP対象国(IDAグラント適格国と多国間債務救済イニシアチブ(MDRI)後にIDAのみから支援を受けている国)が世銀からの非譲許的融資を望むとき、世銀は、既に年次のDSAが行われた後でも、新たにDSAを行うことで非譲許的融資の余地があるかどうかを判断している(IMF, 2018a)。*16) 筆者がアジア太平洋及び中米・カリブ海地域諸国において、米英の政府関係者、民間シンクタンク、法律事務所の経済分野の担当者との政策対話に従事した経験に基づく。素を織り込むことが求められる*10。3. IMF及び世銀によるLICs向け債務持続性枠組み(LIC DSF)*11それでは、債務管理に関連する政策及び制度が比較的脆弱で、債務返済に支障をきたす傾向があるLICsのソブリン信用リスク管理は、実務的にどのように行われているのだろうか。国際社会において、LICsの債務持続性評価の土台として用いられているものに、IMF及び世銀により2005年に導入されたLIC DSFがある。LIC DSFの対象国*12は、IMFの貧困削減・成長トラスト(PGRT)の適格国*13かつ世銀グループ機関である国際開発協会(IDA)の融資適格国*14であり、LIC DSFは、その導入以来、融資及び借入判断をする上で重要な役割を果たしてきた。例えば、IDAを含む国際金融機関は、融資政策判断とDSFに基づくDSAの結果を連関させており、また、DSFに基づくリスク評価は世銀の非譲許的借入政策(NCBP)とIMFの債務上限政策(DLP)*15において参考にされている(IMF, 2017)。さらに、国際機関のみならず、各国政府や民間企業などもまた、債務持続性を含むカントリーリスク分析の一環などでDSAの結果を参考にしている*16。LIC DSAの結果は、通常、年1回のサイクルで公表されるIMF4条協議報告書もしくはIMFプログラム報告書に記載されており、IMFウェブページからの入手が可能となっている。52 ファイナンス 2019 Feb.連 載 ■ 日本経済を考える

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