ファイナンス 2019年2月号 Vol.54 No.11
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ここで、もう一度日仏条約の条文を見てみると、刑事分野の裁判管轄権を定めるのは第6条であって、問題の第7条は、刑事分野ではなく、日本人とフランス人の間の民事の訴えの裁判管轄権を定めている。また、確かに日仏条約第7条は訴えを受けたフランス領事において事案解決に困難を来す場合には日本当局の援助を求めることが出来るとされ、これをデュシェヌ=ド=ベルクールは「合同裁判所」と呼んでいるのだが、そもそもこの日仏条約第7条にぴったりと相当する規定は日米条約にない*11。このため、日仏条約第7条に関し、第19条に定める片務的最恵国待遇を援用して日本当局の介入を避けるというデュシェヌ=ド=ベルクールの発想に無理があったと思われるが、その一方で想像されるのは、彼が、アメリカのハリス公使と話をして、第7条の裁判管轄権につきフランス側に有利な解釈を導くために第19条の最恵国待遇に基づく日米条約の援用に思い至ったものの、和文・蘭文では、その対象は他国に*11) 日米条約第6条では、日本人に対して犯罪行為を行ったアメリカ人はアメリカ領事が、アメリカ人に対して犯罪行為を行った日本人は日本の奉行所が、それぞれ裁判管轄権を有する旨を規定しているが、これは日仏条約第6条と全く同じ規定である。また、民事に関しては、日米条約第6条では、アメリカ人債務者に対して債権の取立てを行おうとする日本人債権者はアメリカ領事裁判所にアクセスでき、日本人債務者に対して債権の取立てを行おうとするアメリカ人債権者は日本奉行所(裁判所)にアクセスできることが定められており、そうした意味では民事訴訟について規定しているが、日仏条約第7条や日英条約第6条と比較して訴えの対象範囲が債権取立てに限定されていることに留意が必要である。*12) 前掲「大日本維新史料稿本 安政六年自九月廿一日至仝月廿四日」番号122村垣弾正公日記。なお、目付の小倉が付いてきている点が注目に値する。*13) 証書の確認書の漢字かな混じり文の「右之通相違無之者也 間部下総守(花押) 脇坂中務大輔(花押)」の字が、証書本体の字とは筆跡が異なることから別に用意して持ってきたものと思われる。また、仏文、蘭文については両老中の名前の前に(L.S)(locus sigilliの略、署名押印箇所の意)とだけ書かれ、二人の老中の実際の花押は記されていないことから、幕府は、漢字かな混じり文のみ両老中の花押が記された確認書を用意してきたものと考えられる。*14) カタカナ文はフランス外務省外交史料館資料の中に見当たらず、前掲外務省藏版・維新史學會編纂「幕末維新外交史料集成」第四巻551頁及び前掲外務省外交史料館所蔵「通信全覧初編佛國往復書翰」二番を参照した。ただし、これらの文書に所収されているカタカナ文は、(5)で述べるように日本側が保管していた証書が焼失したため、幕府側が要請してフランス側から差し出された証書の写しである。「今後認められる待遇」に限られ他国に「既に認められた待遇」が抜け落ちていたため、このままだと日米条約の援用ができないと思ったのではないかということである。そこで、彼は、日本側との二回の対面の中で、証書の中に第7条に加え第19条の和文・仏文の食い違いも取り上げるべしと働きかけ、それを日本側が認めたという経緯だったのではないかと思われる。(4)日仏間で取り交された証書の内容こうして、10月17日、外国奉行の酒井と赤松に加え目付の小倉九八郎正義が済海寺を訪れ*12、デュシェヌ=ド=ベルクールと酒井の間で日仏条約第7条及び第19条に関する証書が合意される。一方、この場に老中の間部と脇坂は来ておらず、酒井・赤松・小倉は、漢字かな混じり文のみ老中両名の確認の花押が既に記された一枚の確認書を持参して証書に添付し、フランス側に渡したものと思われる*13。以下、証書のうち、蘭文以外を掲載する。(参考2)日仏条約第7条及び第19条に関する日仏間の証書【漢字かな混じり文】證書佛蘭西國と日本國との條約書㐧七条㐧十九条とも蘭文片假名文文意徹底せさる所ありよりて右七条の方は英吉利條約㐧六条右十九条の方は英吉利條約二十三条と其意㫖同様に心得へし其證として千八百五十九年十月十七日即日本安政六年未九月廿二日江戸に於て此書え両國全権の名を記し印を調し外國事務老中奥書して本條約と均敷両國互に遵守すへきもの也署名(デュシェヌ=ド=ベルクール総領事のもの) 在日本フランス総領事館の印酒井隠岐守(花押)右之通相違無之者也間部下総守(花押)脇坂中務大輔(花押)【カタカナ文(フランス外務省外交史料館には存在せず)】*14フランスコク ト ニツポンコク ト ノ デウヤクシヨ ダイ七デウ ダイ十九デウ トモ ランブン カタカナブン ブンイ テツテイセザルトコロ アリ ヨリテ ミキ 七デウノ カタハ イギリス デウヤク ダイ六デウ ミギ 十九デウノ カタハ イギリス デウヤク ダイ二十三デウ ト ソノ イミ ドウヤウ コヽロエベシ ソノ シヤウ トシテ 千八百五十九ネン十グワツ 十七 ニチ エド ニ ヲイテ コノ シヨ ヘ リヤウコク ゼンケン ノ ナ ヲ シルシ イン ヲ チヨウシ クワイコク ジム ラウヂウ オクガキシテ ホンデウヤク ト ヒトシク リヤウゴク タガヒニ ジユンシユ スベキ モノ ナリサカイヲキノカミ (花押)ミギノ トウリ サウ イ コレ ナキ モノ ナリマナベシモフサノカミワキザカナカツカサノタイフドセンデベレクル ファイナンス 2019 Feb.41日仏修好通商条約、その内容とフランス側文献から見た交渉経過(9) SPOT

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