ファイナンス 2019年1月号 Vol.54 No.10
69/80

としつつ、「凡そ保元平治よりこのかたのみだりがはしさに、頼朝と云ふ人もなく、泰時と云者なからましかば、日本国の人民いかがなりなまし」として、鎌倉幕府そして執権政治を評価している。一方、後醍醐天皇は尊氏を重用する一方で、幕府政治の復活を認めようとしなかった。にわかに理解しにくい構図である。著者は「幕府」について、我々は足利家による室町幕府、徳川家による江戸幕府を知識として学んでいるので征夷大将軍は武家が就くものと思い込んでいるが、実は鎌倉時代に限ると武家が将軍の地位にあったのは当初の27年間だけで、以後の約120年間は摂関家の子弟や皇族が将軍に就いており、特に後半の80年余はずっと親王が将軍職にあったことを指摘する。つまり我々にとって「武家将軍」が常識であるのに対して、建武政権成立時においては「親王将軍」が常識であったのだ。護良親王や親房にあっては、征夷大将軍は親王こそが就くべき地位であって、御家人出身の足利などが望むべきものではないという認識がごく自然だったのであろう。(この「常識の相対性」ともいうべきものには、日々の生活の中でも、しばしば遭遇するのだが、私の場合、多くは事後的にしかこの相対性に気づかないので、なぜ相手の人と話が通じないのかわからず、徒に苛立ったり、苛立たせたりということになりがちである。)さて、北畠親房といえば神皇正統記である。彼は、嫡男顕家の率いる奥州勢の活躍で一旦九州に駆逐された尊氏が、湊川の合戦で新田義貞・楠木正成を破って京都を再占領すると、吉野から伊勢に下向し南朝方の糾合を図った。一旦奥州に引き揚げていた顕家が再上洛を図り、高こうのもろやす師安らの軍勢と激戦を重ねて遂に堺の阿倍野で戦死すると、親房は自ら関東・東北の南朝軍を再建しようと伊勢大湊から東国に船出する。暴風雨に遭い船団は散り散りとなるが、親房は初志貫徹、常陸国にたどり着く。それから苦闘5年、吉野の南朝内の和平派との不協和音もあって、遂に高こうのもろふゆ師冬の軍勢に追い詰められ、吉野に帰還するのだが、この常陸での日々の中で、幼少の後村上天皇を訓育啓蒙するために著されたのが「大おほやまと日本は神かみのくに国なり」で始まる歴史書神皇正統記である。本書によれば、親房は、神武以来の皇統が無窮であることを前提としつつ、不徳の天皇が現れたときには皇統の中で皇位が傍系に継承されるとし、それは中国の易姓革命のような人為のものではなく、あくまでも天照大神の神意によるものとしている。しかるがゆえに、天皇は、神慮を仰ぎ、君徳を養い、善政を布く必要があると説くのである。吉野帰還後も親房は、南朝の柱石として南朝方を支え、尊氏・直義兄弟の不和(観かん応のうの擾乱)を利して一時京都を奪還したりもした。しかし、軍事力の差はいかんともしがたく、南朝方劣勢の中、吉野南方の賀あのう名生で没した。正確な没年は不明である。本書のはしがきにあるとおり、親房の後半生は激烈な戦いの連続であり、敗北の連続であった。しかし、彼が悪戦苦闘の中で叫び続けた萬世一系・皇統無窮の思想は、「武士がそのむき出しの武力を以て、朝廷すら滅ばしてしまいかねない趨勢を、すんでのところで防ぎとめることに成功した」のである。何よりも親房に驚かされるのは、あれほど苦難敗北の連続であっても、心折れることなく最後の勝利を信じ、断固妥協を排して戦い続ける逞しさであり、非勢にあっても玉砕することなく次の拠点に移って粘り強く反攻する不屈さである。「世の安からざるは時の災難なり。天道も神明もいかにともせぬことなれど邪よこしまなるものは久しからずしてほろび、乱れたる世も正にかへる、古今の理ことわりなり」(「神皇正統記」岩波文庫)と親房は説く。最終的に邪は滅び正に帰るという明快な歴史観が彼を支えていたのだろう。気がつけばもう1時を過ぎている。昼飯時ではないか。奥州から再上洛を図った北畠顕家軍の敗因は兵站が確保できなかったことだった。まずは兵糧だ。今朝から風邪気味なので、昼は温かいうどんを作ろう。親房に敬意を表して、吉野名物葛くずうどんに挑戦することにする。そう言えば金峯山寺参詣の際も、葛うどんと柿の葉鮨を食べたことであった。吉野で食べたものを思い出しつついい加減に作った葛うどんながら、なかなか美味。体も温まってどっと汗が出てきた。食べ終えると、まだうどんにかける餡は大分残っている。もう一束うどんを茹でるかどうか。ううう。さしあたっては、栄養を取って体を温めないと風邪が長引く、長期的には内臓脂肪を減らさないと成人病が深刻化してしまう。うー。「邪なるものは久しからず」という。でも食欲は「いかにともせぬこと」だしなあ…。 ファイナンス 2019 Jan.64新々 私の週末料理日記 その29連 載 ■ 私の週末料理日記

元のページ  ../index.html#69

このブックを見る