ファイナンス 2019年1月号 Vol.54 No.10
33/80

ひょんなことから、「ファイナンス」でお酒について書いてみないか、との話をいただいた。「ファイナンス」といえば、本業で酒類行政に携わっている方達も読んでいるような財務省の広報誌であり、お酒を愉しむのが好き、という程度の嗜みしか持たない私のような者が書くのはおこがましいと躊躇したが、お酒を評価するのではなくて、お酒やお酒まわりのあれこれを素人なりにどう楽しんでいるかを記すことを通じて、身の回りのお酒の楽しみを記すのであれば許されるかと思い、事始めてみることとした。さて、お酒の話をするにしても随分端から入る気がするが、亥年の最初の号でもあるので、ここは日本酒を飲むのに欠かせない、「お猪口」から始めたい。コップ酒なる便利なものはあるが、そうでもない限り、日本酒を飲むのにお猪口や盃、コップといった酒器は不可欠だ。本当にお酒好きの人、C2H5OH(アルコール)があれば良いという方からは、酒を楽しむのに酒器は関係ない、との意見もあるかも知れないが、お屠蘇を飲むような開いた盃で飲むのと湯飲茶碗のような猪口で飲むのとでは、同じお酒でも香りの立ち方が大分異なり、味わいが変わってくる(気がする)。利き酒用の猪口が規格統一されているのも、猪口による風味の誤差を生じさせないためだろう。しばらく前に、この「ファイナンス」でも連載をしているラーメン官僚ことかずあっきぃ氏と、こうした日本酒を飲む器について語る機会があった。私がこのような私見を述べると、氏からは「それは、ラーメンと同じだな」と言われ、どんぶりについて、最近流行りの深型やいわゆる中華ラーメンの器の差について、香りの保護面、保温面等、数々の側面からの観察が披露され、やはり食べ物まわりの器は馬鹿にできないと再認識したことがある。もっと言えば、形だけでなく材質も大きく影響する。薄い磁器の盃に少量いただくお酒は、はじめこそ上品さや高級さを感じさせるが、飲み進めるうちに少量では物足りなくなるし、さらには薄さが徒となって(ありていに言えば割らないか心配になって)気分良く安心して飲めなくなる。そういう意味で、大衆居酒屋でコップや桝が多く用いられるのは一理あると思うが、盃を酌み交わして多くの種類の酒を楽しむにはコップはやや大ぶりでガラスの口当たりは無機質だし、枡は厚すぎ、木の香りが邪魔をすると思うのは私だけだろうか。このようにお猪口一つとってもなかなか難しさがあるが、それだからか、居酒屋で日本酒を頼んで出てくるお猪口を見ると、店主の人柄や酒に向かう姿勢、お店のコンセプトが強く感じられる。量産品の同一のお猪口が出てくるお店、いくつも異なる種類のお猪口を出して客に選ばせるお店、枡にコップを入れて「もっきり」で楽しませてくれるお店、基本はコップでの提供となり、とっくり提供をしないお店、など。お猪口の出し方ひとつで、お店のファンになったりもする。旅に出た時に、お猪口を買い集めるのも一つの楽しみだ。日本各地に各種の伝統工芸はあるが、お猪口は最も手頃な価格から売り出しているものであり、ちょっとした記念にもなる。なお、私が家で冷酒を飲む際の一番のお気に入りは、秋田県大館市で8年前に購入した曲げわっぱのお猪口で、これは薄いのに口当たりが柔らかく、温かみある。寸胴型でバランスが良く、割れる心配もないため、心置きなく使える安心感がある。富山で買った、これまた木製のお猪口もお気に入りの一品である。これは、口当たりはぽってり少しやぼったいが、堅強な造りの割に軽く、旅行鞄に忍ばせるのにピッタリである。日本各地に旅行した折に、地元のお酒を購入して、宿で少し味わうのに使ったりする。旅の楽しみを増やしてくれたのも、お猪口(と日本酒)である。お酒まわりのあれこれ第1回:お猪口増田 満 ファイナンス 2019 Jan.28お酒まわりのあれこれ連 載 ■ お酒まわりのあれこれ

元のページ  ../index.html#33

このブックを見る