ファイナンス 2019年1月号 Vol.54 No.10
31/80

評者国家公務員共済組合連合会理事長松元 崇久保田 勇夫 著役人道入門中公新書ラクレ p293 950円アベノミクスの立ち上げなどを担当して内閣府を退官してから5年になる。退官当時の感想は、とにかく肩の荷が下りたというものだったが、現役の皆さんの話を聞けば役所の仕事は相変わらず激務で大変のようだ。いくら大変でも、世の中から仕事の価値を認められていればやりがいもあるというものだが、最近は、霞が関の役人はたたかれるばかりで学生の人気も低下している。しかしながら、いずれの国でも、また時代でも、しっかりとした官僚制度と信頼に足る役人が国家、社会の礎であることに変わりはない。そのことを再認識させてくれるのが本書だ。著者は、1966年に当時の大蔵省に入省し、主税局や国際金融局で活躍し、国土庁事務次官で退官したエリート官僚。同期には、大蔵省事務次官を務め、現在、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会事務総長の武藤敏郎氏などがいる。同期の22名全員が猛烈に仕事をし、うち3名が50代の前半までに病死したとのこと。そんなこともあってか、本書では健康に一つの章が充てられている。健全な判断は健全な心身からだ。大事なところでは全力疾走をするが、必要のないときにはできるだけ無駄なエネルギーの消耗を防ぐことが必要だといったことが述べられている。第1章と第2章は、役人の仕事の基本である文書力と交渉力の話。様々な世の中の利害調整をしながら政策を立案・実施していく役人にとって、それらは仕事をするにあたっての基本中の基本。役人の仕事の真価はその交渉力で評価されるのだ。そして、役人道の極意を伝授しているのが、第3章の組織編と第4章の人事編。大きな政策変更の背景には、表にはあらわれない膨大な量の仕事と長年の努力があること。役人の仕事は一見つまらないように見えても、実は大変意義があり、とても面白いものが大部分であること。現実の行政は、物言わず黙々と自らの仕事を処理する多くの役人の努力の上に成り立っていることなどが述べられて、その上に立って、それを支えているのが役所の組織と人事だということが解説されている。内容を詳しくは紹介できないが、そのようなことの背景にある「役人は文字通り命を削って仕事をしているが、自らの属する省の利益のために命を削る者はいまい。その背後にあるのは、国益を守るという意識と自らの仕事を完遂しようとする役人としての生きざまである」という著者の言葉を引用しておきたい。第6章では、英米をはじめとする各国の公務員制度が紹介されている。いずれの国でも、かつて公務員であったという理由だけで、その資質を問うことなく排除される傾向があるなどということはないという。本書は、2002年に出版されたものの新装版。当初の出版以降も「官」の劣化が進み、結果として我が国の国力を弱めていることへの著者の危機感からであろう。あとがきで、著者は、かつて、若いころから我が国はどうあるべきかを考えながら育った霞が関の官僚が国の政策に貢献していたことは間違いないとして、今日、「政」主導の政治のもたらした結果についても、検証すべき時期が来たのではないかと述べている。思うに、国の発展につながる政策立案のためには、公務員は「面背腹従」でなければならない。政策立案の一番底辺に位置する若い課長補佐でも、自分が検討してかくあるべきだと考えた政策については、相手が課長だろうが局長だろうが、しっかりと主張する(「面背」)。しかしながら、一旦決まれば、真摯にそれに従う(「腹従」)のが霞が関の役人のはずだ。だから面白いのだ。ややテクニカルな第1章と第2章(文章編と交渉編)を飛ばせば、公務員でない一般の読者にも幅広く読んでもらいたい好著である。 ファイナンス 2019 Jan.26ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

元のページ  ../index.html#31

このブックを見る