ファイナンス 2018年12月号 Vol.54 No.9
70/86

「それをいつ知ったのですか?」と問われて、社長が「実は今日です。」と答えると、横にいた専務が「私は1か月前から知っていました。」となる。全然情報が共有できていない。正しい情報が共有できていなければならない、そのためには風通しの良い環境が大事です。特に最近では内部の情報だけではなくてホットライン、内部通報等多様なチャンネルを作っておかなければなりません。公益通報者保護法では、告発者を守って、不正を告発しやすい環境を整えています。必要な情報がなかなか伝わってこない、そして、ことが起こって大問題となって初めて責任ある立場の人が情報を知るのです。昔なら「事件は末端で起こったのだからトップが知らないのも無理はない」と許されましたが、今の社会はそれを許さない。20世紀末にわが国では金融機関の破たんが相次ぎましたし、米国でも21世紀初めにエンロン事件やワールドコム事件が発生し、責任者が法廷や国会等に呼ばれました。責任者が法廷や国会等で質問に答えるとき「知らなかった」と答えることがありますが、この「知らなかった」には2つの意味があります。「本当は知っていたが、知らなかった」と嘘を言う場合と、本当に知らない場合です。昔なら、本当に知らない場合には、現場の関係者だけを処分して、上の幹部は生き延びたのです。いわゆるトカゲの尻尾切りです。でも今は、それは許されません。法廷でも「社長、知らないのですか。それでよく社長をやっていますね。」ということになります。人間の体でいうと、社長は頭脳です。足が凍傷に罹っていることに脳は気付かないのですか、神経系統がマヒしているのではないですか、ということになるのです。まさに内部統制は神経系統なのです。それがうまくいっていないから気が付かないのです。したがって、トップに立つ人は「聞いていない」とか「知らない」という言葉を絶対に使ってはいけない、ということに米国でもなったのです。ただ、内部統制という仕組みをちゃんと作っていても、組織を乱す異分子はいます。この場合にはトップの責任は問えません。でも、ちゃんと内部統制対応をしておきなさいと言われていたにもかかわらず、それをしていなかったらあなたの首が飛びますよ、というのが内部統制の原点なのです。その意味で、まさに内部統制は、経営トップの身を守る制度だと言えます。5点目、「モニタリング」で、独立的にチェックをすることです。6点目、「ITへの対応」です。発展するIT環境に対しては常に留意していなければなりません。今の時代では当たり前のことです。6. 我が国のコーポレートガバナンス上の課題こういった内部統制は、金融商品取引法ではもともと会計の信頼性を高めようとする流れから入りました。しかし、組織の信頼を高めるには何も会計だけではないだろうということで、もっと広がりを持って議論されてきているのです。私がガバナンスとか内部統制に関心を持っている理由ですが、それは、私の専門である公認会計士監査と密接な関係があるからです。監査は粉飾などの不正がない正しい財務情報が発信されることを保証しなくてはなりません。ただ、会計や監査がどんなに頑張っても、それは企業活動の後追いなのです。企業が商売をした、取引をした、そしてその会計処理が正しいかどうかをチェックしようとしても、経営者、企業の従業員等の行った不当・不正な行為がスタートの段階で隠蔽され、組織ぐるみで隠されてしまうと、そのあとではどんなに調べてもよく分からないのです。やはり元のところにメスを入れなければならない。巷で起きている不祥事や不正、あるいは社会の信頼を裏切る出来事はみな同じではないか、ということに気が付いたのです。それはすべて開示不正、ディスクロージャー不正なのです。端的なものは粉飾です。最近でも食品の偽装表示、データ改ざん等々数多くの不正がありました。つまり会計不正と同様に、正しい情報を発信していない、読み手を騙している、裏切っているのです。今日の貨幣経済においては、貨幣計算の結果は極めて重要なのですが、お金のことを言うとレベルが低いとか、そんなものは学問ではない、と捉える風潮があります。このように日本では会計に対する理解度、認知度、支援度が極めて脆弱なため、それらを払拭して、国を挙げての教育・啓発と支援体制を強化することが必要なのです。66 ファイナンス 2018 Dec.連 載 ■ セミナー

元のページ  ../index.html#70

このブックを見る