ファイナンス 2018年12月号 Vol.54 No.9
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作変数*16と捉え、操作変数法により因果推論を行なっている。推定結果によれば、開発援助がGNI比1パーセンテージポイント増えるごとに1人当たり実質GDP成長率が0.35パーセンテージポイント増えることがわかった*17。この結果に基づけば、最貧国においては、開発援助が経済成長を促し、経済成長によって所得及び消費が増加し、貧困削減に繋がりうる、と考えることができる。3.2.トリクルダウン型の成長から包摂的成長への政策転換3.1.では、経済成長が貧困削減に寄与すること(Dollar and Kraay, 2002;Besley and Burgess, 2003;Dollar et al., 2016)と開発援助が少なくとも最貧国においては経済成長に寄与すること(Galiani et al., 2016)を確認した。特に、最貧国において、政府の再分配機能が弱いという現実的な仮定の下、貧困削減のためには開発援助を通じた経済成長の促進が一つの重点政策となることに相違はないだろう。ただ、経済成長といっても、その在り方は様々である。近年では、この経済成長の在り方について、各国政府及び国際機関の開発政策に大きな影響を与えうる論考が公表されている。IMF Staff Discussion Noteに掲載されたDabla-Norris et al. (2015)は、所得分配が経済成長とその持続性に影響を与えることを示している。具体的には、所得上位20%の所得全体に占める割合が増えると、中期的な経済成長が減速するとしている。つまり、経済成長の恩恵がトリクルダウンしない(徐々に全体に浸透しない)というのだ。さらに、所得下位20%の所得全体に占める割合が増えると中期的な経済成長は加速すると結論づけている。Dabla-Norris et al. (2015)*16) Galiani et al. (2016)の文脈でいう操作変数とは、原因(開発援助)に影響を与えるが、結果(経済成長)及び誤差項に含まれる変数には直接影響しない変数を指す。*17) 同論文には一定の限界もある。例えば、Galiani et al. (2016)が結論で述べているように、IDAの援助供与条件に該当する最貧国に分析対象が限られているため、外的妥当性(他の所得レベルにある国への適用可能性)ついては慎重に考える必要がある。*18) 同誌の記事は以下のURLから閲覧可能(2018年11月8日確認時点)。 https://www.theguardian.com/business/2015/jun/15/focus-on-low-income-families-to-boost-economic-growth-says-imf-study https://www.theguardian.com/business/economics-blog/2015/jun/21/so-much-for-trickle-down-bold-reforms-are-required-to-tackle-inequality*19) 同演説の内容は以下のURLから閲覧可能(2018年11月8日確認時点)。 http://www.worldbank.org/ja/news/press-release/2015/10/01/governments-focus-shared-prosperity-inequality-world-bank-group-president*20) 1997~2000年に世界銀行でチーフエコノミストを務めた後、2001年に情報の非対称性を考慮した市場の分析に対する貢献でノーベル経済学賞を受賞した。*21) 「Stockholm Statement」は、スウェーデン国際開発協力庁(SIDA)と世界銀行により2016年9月16-17日に共催された国際会議における議論に基づき作成されている。同声明は、以下のURLから閲覧可能(2018年11月8日確認時点)。 https://www.sida.se/globalassets/sida/eng/press/stockholm-statement.pdfが2015年6月15日に公表されてから間もなく、The Guardian誌*18においても同論文の内容が取り上げられているなど、その後もトリクルダウン型の成長を退け、包摂的な成長を支持する動きは広がった。2015年10月1日には、世界銀行総裁がワシントンDCにおける演説*19でその旨を公表し、そこから約1年後の2016年11月15日、世界銀行でチーフエコノミストを務めたFrancois Bourguignon, Joseph Stiglitz*20, Justin Yifu Lin, Kaushik Basuを含む13人の有力経済学者による共同声明「Stockholm Statement」*21もまた、トリクルダウン型の経済成長が時代遅れの考え方であることを発表した。同共同声明の主なメッセージは、第1に、経済成長はそれ自体が目的ではなく、伝統的な経済学の考え方はもはや適用されない、第2に、開発は包摂的でなければならないというものになっている。おわりに本稿では、国際社会がその主要アジェンダとして貧困削減に取り組み、貧困の根絶が可能とまでいわれる段階に達している歴史的転機にある中、開発途上国を取り巻く状況を概観してきた。翻って、我が国の国内情勢に目を向ければ、潜在成長率を上回る成長の継続、過去25年間で最も低い失業率、財政赤字GDP比の減少など経済政策の成果が出ている(IMF, 2018)ものの、累積する巨額公的債務や頻発する自然災害被害からの復興など、課題も多い。しかしながら、2015年2月10日に閣議決定された我が国の開発協力大綱にも記載があるように、人道的な見地のみならず、開発途上国及び新興国の包摂的で持続可能な成長の実現は、相互依存が深化する現代において、世界経済の安定的な成長、ひいては、我が54 ファイナンス 2018 Dec.連 載 ■ 日本経済を考える

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