ファイナンス 2018年12月号 Vol.54 No.9
57/86

らず広範に用いられている。PPPは、世界各国の物価に基づき算出される物価指標であり、これを用いることで各国の所得や消費を比較することが可能になる。Bourguignon and Morrisson(2002)によれば、二世紀程前の1820年においては、世界人口の大多数である83.9%が絶対貧困と推定されている*8。その後の貧困率は、1820年から1900年代中盤まで概ね単線的に減少し、60%程度まで達していると推定されている(Bourguignon and Morrisson, 2002;Chen and Ravallion, 2010)。比較的近年の貧困率は、世界銀行の最新推定*9によれば、1990年に36%(18億9482万人)、2005年に20.8%(13億5219万人)、2015年には10.0%(7億3586万人)*10まで減少しており、この200年程で、世界人口の大多数を占めた貧困は少数に転じている。今後、このペースで貧困削減が続いていけば、貧困が根絶可能な段階に達してきていることも頷けるだろう。このような状況下において、貧困削減は、持続可能な開発目標(SDGs)*11の第1目標にも掲げられるなど、国際社会の主要アジェンダとなっている。2030年までにあらゆる形態の貧困に終止符を打つ、という目標に対して、我が国を含めた193の国連加盟国が取り組んでいる。3. 開発援助、貧困削減、経済成長の 相互関係3.1.開発援助と貧困削減のドライバーである経済成長との間の因果関係それでは、開発援助は本当に受益国の貧困削減に役立っているのだろうか。この根本的な問いに対して、これまで数多くの実証研究が蓄積されてきた。生活水準を反映する所得及び消費の変化が、経済成*8) 1日当たりPPP$1を貧困線として設定。*9) PovcalNetを参照(1日当たりPPP$1.9を貧困線として設定)。http://iresearch.worldbank.org/PovcalNet/povDuplicateWB.aspx*10) 地域別でみると、最新の貧困率は、サブサハラ・アフリカが最も高く41.1%(2015年)となっており、次いで南アジアが16.2%(2013年)と高い。その他の地域は、中東・北アフリカが5.0%、ラテンアメリカ・カリブ海が4.1%、東アジア大洋州が2.3%、ヨーロッパ・中央アジアが1.5%と、上述の貧困率上位2地域と大きな開きがある。*11) SDGsとは、2015年9月、ニューヨーク国連本部において開催された「国連持続可能な開発サミット」において、193の加盟国によって「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」として全会一致で採択されたもの。2000年9月に国連ミレニアム・サミットにて採択された「国連ミレニアム宣言」と1990年代に開催された主要な国際会議やサミットでの開発目標を纏めた「ミレニアム開発目標(MDGs)」を受け継いでいる。*12) 関連する論文として、例えば、Bourguignon(2004), Datt and Ravallion (1992), Kakwani, (1993), Kakwani, (2000)を参照。*13) 2018年11月7日時点で同論文の引用数は5414に達しており、同論文の影響力は非常に大きい。*14) IDAは、1960年に設立された世界銀行のグループ機関。一定基準の1人当たりGNIを下回る世界の最貧国(2018年時点で1人当たりGNI$1,165を閾値として設定し、それを下回る75か国)に対して、譲許的融資と無償資金の提供を行っている。*15) 極めて緩やかな条件で行われる融資。IDAの譲許的融資は、無利子または極めて低利、5~10年の支払い猶予期間、返済期間が30~40年と長期にわたる。詳細は、下記URLを参照。http://ida.worldbank.org/nancing/ida-lending-terms長と所得(再)分配の関数{所得及び消費の変化=F(経済成長,所得(再)分配)}*12であることを前提とすれば、特に開発途上国において政府の再分配機能が弱いという現実的な仮定の下、貧困削減には経済成長が必要となることは多くの開発分野の専門家ならびに、経済学者が支持している(Dollar and Kraay, 2002;Besley and Burgess, 2003;Dollar et al., 2016)。開発援助が受益国の経済成長に与える影響を検証した数多くの実証研究の中でも、その因果関係を初めて示したGaliani et al. (2016)は、開発援助が経済成長に寄与することを説得的に示している。開発援助と経済成長の間の関係を検証したGaliani et al. (2016)以前の既存研究は、推定結果が相関関係に留まる上、推定結果そのものにもばらつきがあり、同関係に対する統一的な見解は見出せていなかった(Galiani et al., 2016;Rajan and Subramanian, 2008;Arndt et al.. 2010)。例えば、Burnside and Dollar(2000)*13は、開発援助受入国の財政・金融・貿易政策が良好である場合、経済成長に正の効果を与えるという結論を出した。その一方で、同様のデータをさらに更新・拡張したものを用いて同様の分析を行ったEasterly et al. (2004)は、Burnside and Dollar(2000)の推定結果は頑健なものではなく、開発援助に効果がないと言わないまでも、経済成長との間の正の関係は成立しないと反論している。上記のような背景の中、Galiani et al. (2016)は、世界銀行グループ機関である国際開発協会(IDA)*14の開発援助供与条件を1987~2000年の期間に卒業した国において、開発援助額が国民総所得(GNI)比で平均約59%減っている事実に着目し、開発援助と経済成長の間の因果関係を検証している。具体的には、最貧国向けの譲許的融資*15と無償資金供与を行うIDAの開発援助供与条件を卒業したか否かを開発援助の操 ファイナンス 2018 Dec.53シリーズ 日本経済を考える 84連 載 ■ 日本経済を考える

元のページ  ../index.html#57

このブックを見る