ファイナンス 2018年12月号 Vol.54 No.9
56/86

過去の「シリーズ日本経済を考える」については、財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。http://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html開発についての諸考察:導入*1財務省財務総合政策研究所 研究官山田 昂弘シリーズ日本経済を考える841.はじめに世界には、7億人を超える人々が貧困状態にあり、8億人を超える人々が栄養不良で、500万人を超える子どもが5歳の誕生日を迎える前に毎年亡くなっている(United Nations, 2018)。このように、開発途上国を中心に、人が生きていく上で最低限必要なニーズ*2を満たすこともできないような深刻な状況が未だ続いている。しかし、このような目を覆いたくなる足元の状況から視線を上げ、より長い時間軸で世界を俯瞰すれば、異なる見方も可能となる。つまり、これまで定常状態にあり、過去200年にわたって、時代によっては必要悪とまでされた(絶対的)貧困*3は根絶可能という段階にまで達してきているとも言える。この歴史的な転機を簡潔に記したものとして、世界銀行でチーフエコノミスト等の要職を歴任したMartin Ravallion現ジョージタウン大学教授*4は自著で次のように記述している。“Recognizing the marked transition in mainstream thinking about poverty over 200 years makes one more optimistic that the idea of eliminating poverty *1) 本稿に対してコメントをくださった方々にこの場をお借りして御礼を申し上げる。また、本稿の内容及び意見は筆者の個人的な見解であり、筆者の所属する組織の見解を示すものではない。ありうべき誤りは筆者に帰す。*2) 1976年に開催された国際労働機関(ILO)の世界雇用会議にて提唱された、人間としての基本的ニーズ(Basic Human Needs)の概念も参照されたい(ILO, 1976)。*3) Ravallion(2016, p9)は、貧困が必要悪とされていたことを示す一例として、“The poor...are like the shadows in a painting:they provide the necessary contrast.”というPhilippe Hecquetによる記述を引用している。*4) 同教授は、開発援助、中でも貧困発生のメカニズムに係る研究を一貫して続け、貧困削減に資する良質な政策的知見を生産し続けている。*5) 開発途上国の経済及び社会開発を目的として行われる資金援助や技術移転。政府、民間、非営利団体によるものに大別される。開発援助や開発協力などとも呼ばれる。*6) 貧困に係る研究や所得分配の不平等に関する理論への貢献によって1998年にノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センは、貧困を基本的なケイパビリティの絶対的剥奪とし、貧困の多面的側面を考慮したケイパビリティ・アプローチを提示している。しかし、貧困を反映する様々な指標のうち何を選択するべきで、また、選択された指標をどのようにウエイトづけするかという実用的な問題が存在する(黒崎2009,p18-19)。*7) PPPの算定は、世界銀行のInternational Comparison Program (http://siteresources.worldbank.org/ICPEXT/Resources/ICP_2011.html)により行われている。近年の測定は、最新のものが2011年で、その前2つは2005年と1993年に実施されている。PPP換算レートの変更に応じて、貧困者数の推定が変動する点には注意したい。can be more than a dream (Ravallion 2015, p88).”本稿では、世界が迎えている上述の転機にあたり、開発途上国を取り巻く状況を概観することを目的とする。特に、国際社会の主要課題として設定されている貧困削減と開発支援*5の役割に焦点を当てる。2節では、現在に至るまでの貧困の動態を確認し、3節では、開発効果、中でも貧困削減のドライバーとなる経済成長との関係を精緻に検証し、因果関係を初めて示したGaliani et al. (2016)を取り上げる。4節は、トリクルダウン型の成長から包摂的成長への政策転換について触れ、5節で本稿を結びたい。2. 開発支援の中心課題である貧困と その動態開発の文脈における貧困の基本概念は、Well-being(身体、精神、社会的な側面で良好な状態にあることを意味する概念)の剥奪(Haughton and Khandker, 2009)*6にあると考えることができ、より実際的な最新の貧困線の定義は、「1人当たり1日1.9購買力平価(PPP)*7ドル」というもので、国連や世界銀行のみな52 ファイナンス 2018 Dec.連 載 ■ 日本経済を考える

元のページ  ../index.html#56

このブックを見る