ファイナンス 2018年12月号 Vol.54 No.9
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様の地位を有する本官のいる総領事館を江戸に設置する必要がある。世界の列強のそれぞれの状況について未だ全く知識のない人々との関係を結ぶために、後で消し去りがたく、かつ、我々の貿易と我々の考慮を害する効果のある遺憾な印象を与えることを避けるような条件下においてフランスの担当官を配置することが重要である」と記している。そして、その直後の1859年2月2日*8、江戸のフランス総領事が任命される。初代総領事に任命されたのは、ギュスタヴ・デュシェヌ=ド=ベルクールで、中国において全権委員グロ男爵の下で一等書記官として働いていたが、1858年6月27日にグロ男爵が全権として清と締結した天津条約の原本を持ち帰るためフランスに帰国しており、そのまま日本駐在の総領事に任命されたことになる。続いて、彼は、1859年4月20日付でナポレオン三世から総領事としての信任状を得る。さらに、グロ男爵が同年6月6日にパリに戻った直後にパリを出発したと思われ、中国で上司であったグロ男爵と会って日本に関しても話をしたであろう。そして、6月12日、フランスのマルセイユ港を出航し、7月31日に上海に到着している。その間、8月14日に、イギリス駐日総領事のラザフォード・オールコックが外国掛の老中である間部下総守詮勝(あきかつ)と脇坂中務大輔安宅(やすおり)に宛て、デュシェヌ=ド=ベルクールが間もなく来日することを知らせつつ彼の居所の設置を促す書簡を送り*9、8月26日、老中二人からその旨を承ったとの返書がオールコックにしたためられている。そして、上海を出航したデュシェヌ=ド=ベルクールは、9月6日に江戸に到着する。*8) 前掲西堀昭著「初代フランス特命全権公使ギュスターヴ・デュシェーヌ・ド・ベルクールについて(1)」96頁。*9) 外務省藏版・維新史學會編纂「幕末維新外交史料集成」第一巻217頁、「閣老ヘ不日佛國使節渡來ノ報アリシヲ告ゲ併テ假寓ノ設アラン事ヲ告ゲル英國公使ノ書翰」。 「千八百五十九年八月十四日江戸に於ける貌利太泥亞コンシユラートゼ子ラール 末に名を記する處の日本に於る貌利太泥亞の女王殿下の全權兼コンシユルゼ子ラール幸ひに外國事務宰相閣下に次件を報告す ホーグウヱルゲボーレンヘール 尊稱 デベルクールト 人名 船にて不日江戸に來るへき告知を得たり 吾れ考ふるに事務宰相本人の爲相應の居所を設くべき命を與ふへき故前條の事を知らんと欲せしなるべし 日本に於る貌利太泥亞女王殿下の 全權兼コンシユルゼ子ラール ルーセルフラールトアールコツク眞筆 エルユースデン眞譯」 なお、「コンシユラートゼ子ラール」は「総領事館」、「コンシユルゼ子ラール」は「総領事」、「貌利太泥亞」は「ブリタニア」で英国、「ホーグウヱルゲボーレンヘール」とはオランダ語の「Hoog Wel Geboren Heere(高貴な生まれの方)」、「不日」とは「間もなく」の意である。また、「ルーセルフラールトアールコツク」は「ルーセルフ『ヲ』ールトアールコツク」の写し間違いではないかと思われるが、Rutherford Alcock(ラザフォード・オールコック)の忠実なアルファベット読みである。*10) 日向玲理著「『幕末へのいざない』の紹介」(外交史料館報第30号)158頁及び前掲横浜税関編「横浜開港150年の歴史~港と税関~」(三訂版)6頁。(3) 安政5ヵ国条約の発効に向けた 日本側の準備フランス側文献から見た日仏条約の内容や交渉経緯からはやや離れるが、ここで、安政5ヵ国条約の発効に向けた日本側の準備についても見ておきたい。まず、幕府内の体制整備である。幕府では、1856年11月14日以降、老中堀田正睦が外国掛に任じられ、日米条約の交渉に当たっては後に日仏条約の全権にもなる井上信濃守清直と岩瀬肥後守忠震を全権としてアメリカのハリスと交渉させ、堀田自ら岩瀬を伴い孝明天皇の勅許を得ようと京都に赴くも1858年5月3日に勅許を拒否される。結局勅許を得ないまま同年7月29日に日米条約は奉行の井上及び岩瀬が署名するが、堀田はその4日後の8月2日に老中を罷免される。堀田罷免後の外国掛の老中は、脇坂中務大輔安宅に加え、間部下総守詮勝、太田備後守資始、久世大和守広周が任命され、彼らは諸外国から外国事務宰相又は外務大臣として認識されていた。なお、外国掛の老中のうち、久世は同年9月11日に外国掛を免ぜられた上、12月2日には老中を罷免され、太田は吉田松陰や水戸藩への処分に関し井伊直弼大老と意見が対立したため1859年8月18日に外国掛を免ぜられた上、8月21日に老中を退く。そして、残る外国掛の老中の脇坂、間部の二人がデュシェヌ=ド=ベルクールとの間で条約批准手続を執り行うことになるのである。こうした中、相前後して、1858年8月16日、幕府は外交専門の官職である外国奉行を設置し*10、水野筑後守忠徳、永井玄蕃頭尚志、井上信濃守清直、堀織部正利熙、岩瀬肥後守忠震の5名が任命される。そして、○8月18日締結の日蘭条約は、永井、岩瀬の2人の外国奉行のほか、長崎奉行として交渉に当たった岡部駿河守長常が、42 ファイナンス 2018 Dec.SPOT

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