ファイナンス 2018年11月号 Vol.54 No.8
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画期的な情報技術である腕木通信のネガティブな側面として、著者は史上初のネットワーク犯罪を挙げる。当時、パリの株式市場の情報は郵便馬車で5日かけてボルドーに送られ、ボルドーではそれをもとにして株式売買が行われていた。そこで政府の腕木通信回線を不正使用し、早く情報を仕入れて儲けようと、腕木通信の監督官や通信手を仲間に引き込んで大儲けした悪党が出た。しかしやがて明るみに出て一味は逮捕されるが、博学な著者は、これを題材にした小説を紹介してくれる。文豪デュマの「モンテ・クリスト伯」である。はて、「モンテ・クリスト伯」。ずいぶん昔に一読したことがあるはずだが、腕木通信なんて出てきたかしらん。出てくるのだ。私が引っ張り出してきた岩波文庫版でいうと、第4巻の半分を少々過ぎたあたりに、「信号機」という章と「桃をかじる山鼠から園芸家をまもる方法」という章がある。ここに信号機と記述されているのは、紛れもなく腕木通信の信号機である。モンテ・クリスト伯は、パリとボルドーをつなぐ腕木通信の基地で働く通信手に彼の趣味の園芸の話で近づき、彼を大金で買収して、スペインのバルセロナで内乱発生との偽の情報を流す。クリスト伯の仇であるダングラール夫妻は、その情報をいち早く入手し、偽情報とも知らずに手持ちのスペイン公債を売り逃げる。翌朝その情報が事実無根であることがわかり、ダングラールは大損を被るのである。本のページを繰っているうちに、気温の上昇とともに狭い寝室内はどんどん暑くなり、耐えきれず、とうとう女房の目をかすめて冷房のスィッチを入れた。心地よし。数分にして私は、昼食の時間が近いことも忘れて、安らかな昼寝に没入した。あとはお決まりの通り、目覚めればもう夕方である。さて夕食。材料は昨日のうちに買ってあるので、あとは作るだけだが、長々と昼寝したので時間があまりない。今日はあまりに暑いので汁ものは省略。スタミナをつけるために、にんにくを効かせた韓国風の料理にする。菜は、スーパーの肉売り場で1割引で買った売れ残りのカルビ肉を、人参、玉ねぎ、いんげんと炒めることにしよう。増量のために厚揚げも加えることにする。味付けは、焼き肉のたれとキムチの素の組み合わせ。私が得意にしている味付けだ。そして飯は、先日から一度作ってみたいと思っていた牛肉と豆もやしの炊き込みご飯にチャレンジ。あとは、トマトとサラダほうれん草のサラダと、きゅうりの即席漬け。きゅうりを塩もみして酢と鷹の爪と一緒にビニール袋に入れる。すし酢少々を加えて甘みを出す。ダイニングキッチンに冷房を入れることの了解が得られなかったので、汗だくになって、何とか定刻に夕食の準備完了。早速に食す。カルビ野菜炒め美味。きゅうりの即席漬けも好評。問題は初挑戦の韓国風炊き込みご飯だ。若干少なめの水加減にしたつもりだったが、もやしからの水分のせいか、かなり柔らかめの炊きあがりだ。しかしそれを除けば、なかなかの出来だ。夜再び「IT全史」に挑む。面白いエピソード満載である。…無線電信を普及させノーベル物理学賞を受賞したグリエルモ・マルコーニが死後残した財産はわずかであり、それを歎いたデービッド・サ-ノフは「発明家とは、他人を富ませる人である」との名言を残した。そのサーノフは貧しい移民の子で、アメリカ・マルコーニ無線電信社に給仕で入り、やがて同社の無線通信士となり、たまたまニューヨークのある百貨店併設の無線局で夜勤をしていた時に、タイタニック号の遭難信号を受信した。その後三日三晩無線電信で情報を収集しメディアに報告し続けたという。やがて30歳でRCAの総支配人になり、彼が企画したボクシング世界ヘビー級チャンピオンのジャック・デンプシー対挑戦者ジョルジュ・カルパンティエ戦のラジオ中継は40万人が聴取したという。…しかし、炊き込みご飯をどんぶりに3杯も胃に詰め込んだ影響か、ページを次々にめくって、逸話は興味深く読み進むのだが、情報技術の「生態史観」を期すとの、梅棹忠夫に私淑すると思しき著者の思いは、かなしいかな、満腹浅学の筆者には理解されないのであった。 ファイナンス 2018 Nov.69新々 私の週末料理日記 その27連 載 ■ 私の週末料理日記

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