ファイナンス 2018年11月号 Vol.54 No.8
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私の週末料理日記その2710月△日日曜日新々近く職場のゴルフコンペがあるので、昨日近所の練習場で猛練習したせいか、腰と肩がやたらに痛い。今日はプールに行こうと思っていたが、あっさりと予定を中止。休養専一に決心変更。大根とねぎの青いところを刻んだ味噌汁と、鰈の干物と納豆と梅干の朝飯を食べたら、再び寝床に戻る。時期遅れの台風の影響か、やたらに暑いのでごろごろしても寝つけない。数か月前に買い込んで窓際に積んだまま忘れていた「IT全史 情報技術の250年を読む」(中野明著、祥伝社)という本を、寝転んだままぱらぱらとめくり始める。「情報化時代の必須知識がしっかりわかる」という帯の文句に釣られて実用書のつもりで買ったのだが、本の中身は帯の紹介とはかなり異なる。産業革命のあとにフランスで腕うで木ぎ通信と呼ばれる情報技術が誕生した1794年から、レイ・カーツワイルがいわゆるシンギュラリティに到達すると予言する2045年の前年までの250年間を視野に、情報技術の歴史を、著者一流の概念整理と史観に種々のエピソードをちりばめつつ概説したものである。何と言っても興味深かったのは、IT全史初頭の腕木通信の章である。フランス革命後文字通り四面楚歌のフランスにおいては、国境近くと中央政府を結ぶ高速通信の必要性は極めて高かった。まさにそのような状況下で、クロード・シャップが考案した腕木通信は、パリと北部フランス英仏海峡近くの町リールとの間の204kmを、一つの信号あたり120秒で送ったという。これは秒速1700mすなわち音速の5倍である。腕木通信の具体的な仕組みは、約10km間隔で設置した通信基地の屋上に立てた4~5mの柱の先端に取り付けられた4m程度の調節器と称する可動式の腕木と、その両端にそれぞれ取り付けられた2m程度の指示器と称する可動式腕木の位置を、基地内部のハンドルを操作して特定の信号を作ることにより、情報をやり取りする。各基地には通信手が常駐していて、望遠鏡で両隣の基地の信号を常時確認して自分の基地の腕木も同じ形状の信号に変化させる。それをバケツリレー式に伝達していくのである。調節器は水平、垂直の2か所を指し、2本の指示器は7か所の位置を指す仕組みだったから、2×7×7の98種類の信号を作ることが可能で、そのうち紛らわしいものを除いた92種類の信号を使用していた。92ページ92行の符号表(コードブック)を送受信者の手元に置き、何ページ何行目というふうに信号を送り、該当する用語や文章を読み取ったのである。このように腕木通信で送られる信号は完全にデジタル化されたものであったが、著者は、これに加えて腕木通信には、現代のインターネットと注目すべき技術的な共通点があると指摘する。まず、腕木信号では、メッセージの先頭に緊急度を示すコントロール信号がつけられたが、これはインターネットにおいてデータに付されるヘッダー情報と実質的に同じ概念だとする。また、腕木通信では符号表のボキャブラリーにない単語を送信するときは、単語をアルファベットで送信する必要があったが、符号表上アルファベットは他の単語や文章と番号を共有していたので、初めに「ここからアルファベットが始まります」の信号を送り、アルファベット送信が終了するときには終わる旨の信号を送ることになっていた。著者は、この初めと終わりの信号は現在のHTMLにおけるタグの概念に相当するものだと指摘する。因みに腕木通信は、ギリシャ語からの造語で、「テレ=遠くに」と「グラーフェン=書くこと」からテレグラフと命名された。後に電信が生まれた当初、電信はエレクトリック・テレグラフと呼ばれたという。テレグラフの本家本元は、腕木通信だったのだ。68 ファイナンス 2018 Nov.連 載 ■ 私の週末料理日記

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