ファイナンス 2018年11月号 Vol.54 No.8
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いる(Kato and Rockel, 1992;Kaplan, 1994;Kato and Kubo, 2006など)。これらの分析結果は、日本企業の経営者報酬が、企業のパフォーマンス(会計上の利益や株価)と正の相関を持っていることを示している。つまり企業のパフォーマンスが向上すると、経営者の報酬も増加するのである。しかしながら、企業パフォーマンスが、経営者の努力水準以外の要因(産業・マクロレベル)とも正の相関を持っていることが指摘されている*8。すなわち産業全体やマクロ経済のパフォーマンスの向上によって各企業の業績が上昇している場合にも、経営者報酬が上昇するのである。これは経営者に対するインセンティブ報酬が効率的に設計されていないことを示唆している。もう一つ議論すべき点として、エージェンシー問題を軽減する方法としての業績連動型報酬と、日本における経営者の雇用慣行との関係がある。米国とは異なり、我が国に経営者の労働市場が存在しているとは言い難い。日本企業の役員は、従業員のキャリアの延長線上に存在し、外部から経営者を雇うという方法が取られるようになったのは比較的最近のことである。経営者を外部から雇う場合、優秀な経営者を手に入れるためには、魅力的な報酬体系であることが望ましい。ゆえに、雇用慣行の違いが役員の報酬体系に大きな影響を与えうる。したがって、現行の雇用慣行のままで経営者報酬を増やしたとしても、それがインセンティブを適切に与えるとは限らない。機関投資家には、その情報収集能力を活用した外部からのモニタリングが期待される。機関投資家の株式保有比率が高いほど、自社のパフォーマンスに対する報酬の連動性が高い一方、そうした外部からの企業統治圧力が弱い企業は、自社のパフォーマンスと経営者報酬の連動性が低いことが確かめられた。つまり外部株主のモニタリングのプレッシャーが低下するにつれて、経営者への報酬支払いの業績連動性は低下するのである。ただし、全ての機関投資家が企業経営に積極的に関与するとは限らない。分散投資の一部でしかない個々の企業の経営には関心を持たない場合もあるだろう。日本が2014年に導入した、スチュワードシップ・コードは、制度面から機関投資家のガバナンス機*8) 事後的なパフォーマンスが経営者の努力水準を適切に定量化していない可能性がある。能を強化しようとする試みであり、今後の機関投資家のモニタリング機能の適切な行使が期待される。蟻川ほか(2017)は、日本企業の低パフォーマンス(および低リスク)について、機関投資家比率や少数株主保護、社外取締役に加えて、雇用制度の影響について分析している。彼らは、日本企業の特徴として、取締役会のほとんどが従業員出身者で占められる内部者によるガバナンスを採用しており、また雇用に関しても終身雇用制の性格が強く、経営者市場も労働者市場も流動性が低いことを指摘している。このように欧米とは異なる性格を持つ日本型のコーポレート・ガバナンスと雇用制度によって、日本企業の低収益性を部分的に説明していると考えられる。また取締役会は、経営者のモニタリングや規律付け、また経営者報酬の決定においてインセンティブ供与の機能を果たすことが期待されるが、社外取締役比率が小さいことが、取締役会の機能を十分に発揮することを妨げている可能性がある。さらに彼らは、経営者の態度が日本企業の低パフォーマンスの要因であることを指摘している。すなわち、慎重かつ悲観的な経営者のリスク回避的な傾向が「過小投資」として表れ、収益性が改善しないという可能性である。日本経済はバブル崩壊以降長期にわたって景気が低迷していた。この景気低迷によって経営者の期待が悲観的になり、結果としてリスクに対して慎重になっているかもしれない。5.まとめ本稿は、企業経営者のリスクテイクと株主との関係について議論した。日本企業の収益性で測られるパフォーマンスは相対的に低いことが知られている。同時に、収益性の時系列標準偏差で計測される日本企業のリスクテイクの水準も低い。このように、日本企業の収益性は「ローリスク・ローリターン」であると言える。日本企業の低収益性および低リスクの要因を確認するために、経済学におけるエージェンシー問題を確認した。この問題は、所有と経営の分離が生じる株式会 ファイナンス 2018 Nov.65シリーズ 日本経済を考える 83連 載 ■ 日本経済を考える

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