ファイナンス 2018年11月号 Vol.54 No.8
68/84

また、機関投資家による規律付けやインセンティブ付与を示唆する実証研究を紹介しよう。宮島・保田(2015)は、各投資家グループの株式保有割合に注目して、日本企業のパフォーマンスとの関係について分析している。特に内外の機関投資家による株式保有は、企業価値・企業業績に対して正の効果を与えることを指摘している。彼らは、機関投資家による退出すなわち持分の売却が経営を規律付ける効果を持つことを示唆している。Hartzell and Starks(2003)は、機関投資家の所有比率が大きいとき、経営者報酬のパフォーマンス感応度が大きく、報酬水準が小さい傾向があることを確認している。この結果は、機関投資家が、経営者報酬を通して経営者の行動に働きかけている可能性を示唆している。以上のように、機関投資家の存在が、経営者に対する規律付けや経営者報酬を通じたインセンティブ付与が、企業のリスクテイクに対する影響を示唆している。他方、機関投資家の行動パターンによっては、経営者に近視眼的な行動を選択させる可能性があることには注意が必要である。Bushee(1998)は、機関投資家による株式所有が企業のR&D投資に与える影響を分析している。Busheeは、機関投資家の短期的な利益目標が、企業に近視眼的な行動を選択させるという仮説の下で検証を行っており、機関投資家の中でも取引頻度が高い投資家に所有されている企業は、業績悪化後に研究開発費を減らす傾向があることを発見している。3.3.株主のリスク選好さらに、株主の投資家としての性質に注目する分析が行われている。例えば、Faccio et al.(2011)は、支配株主の株式ポートフォリオがどれだけ分散されているかに注目して、株主と企業のリスクテイクの関係を分析している。彼女らはより分散されたポートフォリオを保有する株主に所有されている企業の方が、よりリスクの大きい投資プロジェクトを実行している、という結論を得た。その背後にあるストーリーを以下のように簡単に説明できる。支配株主の資産が一つの企業に集中している場合、株主はその企業のリスクに大きく直面することになるので、企業のリスクを小さくするように経営者に要請する。他方、支配株主の資産が分散投資されている場合、一つ一つの企業のリスクに直面する度合いが相対的に小さくなり、経営者に対してより大きなリスクを取るように要請する。このようにして、株主のリスク選好と企業のリスク・テイクが関連していることが示唆される。以上の内容を簡単にまとめよう。プリンシパル・エージェント理論が導くように、経営者報酬のパフォーマンス依存性が経営者に対してインセンティブを与える可能性がある。報酬として株式が付与されると、株主の保有資産との連動から利害の不一致が緩和される。さらに、ストック・オプションを利用すると、経営者にとって高い株価のボラティリティが望ましいので、より大きなリスクを選択する可能性がある。また、株主に占める機関投資家の比率が大きいとき、そのモニタリングや規律付けによって企業のリスクテイクを促す可能性がある。さらに、支配株主のポートフォリオが分散されているとき、その株主が所有する個別企業のリスクが分散されるため、所有する企業によりリスクをとるように求めるという仮説が存在する。以上のように、様々な側面から経営者の行動に対して影響を与える可能性が示されてきた。これらを踏まえて日本企業の低パフォーマンス・低リスクテイクの特徴について議論しよう。4.ディスカッション欧米企業と比較して、日本企業の役員報酬は低いことが知られている。また、各国の役員報酬を構成する要素を見てみると、長期インセンティブや業績に連動する部分が欧米では大きいが、日本では基本給の割合が大きい。また欧米の経営者と比べて日本の経営者の報酬は低い。しかし日本と欧米の経営者報酬の水準を単純に比較するのではなく、「報酬が業績にどの程度連動しているか」に注目すべきである。言い換えると、経営者に対して株主利益を最大化するようなインセンティブが付与されているかが分析の焦点である。1990年台以降、経営者報酬と企業のパフォーマンスの関係について、日本企業を対象に分析が行われて64 ファイナンス 2018 Nov.連 載 ■ 日本経済を考える

元のページ  ../index.html#68

このブックを見る