ファイナンス 2018年11月号 Vol.54 No.8
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である「成果」としてしか観察できない場合には、経営者に対して正しいインセンティブを付与するような報酬体系を設計することが望ましい。すなわち、経営者が努力した結果として業績が優れていれば、それだけ報酬も多くなるような契約を結ぶのである。より詳細に述べると、経営者報酬は、業績に依存しない固定された部分と業績に連動する部分とで構成される。報酬が業績に連動することで、株主と経営者の利害対立が緩和されるのである*6。プリンシパル・エージェント理論の観点から、企業の低収益性がもたらされる原因について考えてみよう。一つの可能性として、株主による経営者のモニタリングや規律付けが十分に機能していない可能性がある。この場合には、株主が経営者の行動を監視することによって、情報の非対称性を緩和することが考えられる。また経営者報酬が業績と連動していない、つまり適切なインセンティブが付与されていない可能性が考えられるだろう。両者において、経営者は株主価値を向上させるような努力を怠っていると解釈される。これまでの議論は、経営者の努力水準が上昇すればプロジェクトから得られるリターンの期待値が上昇するという前提を置いている。同様にして、経営者に対する株主の規律付けや報酬が、企業のリスクテイクに影響を与える可能性がある。次節では、企業のリスクテイクついて先行研究を紹介しながら説明しよう。3.リスクテイクの決定要因は何か?本節では、企業のリスクテイクに影響を与えうるコーポレート・ガバナンスの仕組みについて、先行研究を紐解きながら確認する。特に、経営者報酬・機関投資家・支配株主の特徴に注目する*7。3.1.経営者報酬前述のように、所有と経営の分離に伴う株主と経営者の間のエージェンシー問題を緩和するための一つの方法として、経営者の報酬体系を企業の業績に連動させることが挙げられる。これは、株主が経営者をモニ*6) 同様のプリンシパル・エージェント問題において、Hirshleifer and Suh(1992)は、経営者がプロジェクトのリスクを選択するようなモデルを構築している。*7) 本稿は、コーポレート・ガバナンス等に関する法制度については扱わない。興味ある読者はJohn et al.(2008), Acharya et al.(2012), 蟻川ほか(2017)等を参照されたい。ターすることが不十分であるため、経営者が自発的に最善の努力をするような契約を事前に結ぶことを意味する。また株主と経営者の利害を一致させるために、経営者に株式を報酬として与え、収益構造を近づけることも考えられる(Jensen and Meckling, 1976)。また、1997年の商法改正以降、日本においても広まりつつある「ストック・オプション」は、インセンティブを経営者に付与するための一つの方法である。結果として、経営者が株主の意向を反映するような形で、リスクテイクの意思決定を行うようになると考えられる。実証研究において、Coles et al.(2006)は、株価ボラティリティの変化に対する、経営者報酬スキームの感応度が大きければ、経営者(企業)が大きいリスクを選択することを確認しており、経営者報酬とリスクテイクに関する一連の研究から、経営者への株式付与が、経営者のリスクテイクに影響を与えていることがわかる(Low, 2009;Armstrong and Vashishtha, 2012)。3.2.機関投資家実証分析において、株主の特性に注目する研究が行われている。ここで言う株主の特性とは、投資家のグループとしての性質のことである。通常、投資家はその制度的な特徴から、個人投資家、機関投資家、外国人投資家等に分類される。企業がどの投資家グループによって所有されているかで、企業の行動が変わりうることが確認されてきた。一つの注目すべきグループは、機関投資家である。機関投資家は、その専門性や情報収集能力から、企業の経営をモニターする機能を果たすことを期待されている。また、機関投資家の保有割合が大きい企業では、株主利益に反する経営行動に対しては議決権行使(Voice)や持分の売却(Exit)などを通して、経営者に対する規律付けの効果が現れる可能性がある(Admati and Pfleiderer, 2009;Edmans and Manso, 2010;Edmans, 2014)。実際、Wright et al. (1996)は、機関投資家の比率が企業のリスクテイクに正の影響があることを確かめている。 ファイナンス 2018 Nov.63シリーズ 日本経済を考える 83連 載 ■ 日本経済を考える

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