ファイナンス 2018年11月号 Vol.54 No.8
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用し、38カ国の国際比較を行っている*3。図1には、その一部の国のリスク指標を棒グラフで表している。この定義によると日本企業のリスクは2.2%であり、38カ国の中で最も低い値を示している。ある一定のリターンを得るために必要なリスク水準の選択肢が複数存在するとき、その中で最小のリスクを選択することが効率的である。国際的に低い水準にあると言われる日本のROAとリスクの関係を考えるとき、求めるリターンに対して必要最低限のリスクが選択されていれば、「ローリスク・ローリターン」でも問題ない。ゆえに「なぜローリスク・ローリターンなのか」と言う疑問が生じる。2.2.エージェンシー問題伝統的な経済学では、企業は企業価値を最大にするように意思決定(例えば設備投資)を行うと考える。企業価値は株価として市場で評価され、企業価値を最大にすることは、結果として、株主が保有する資産の価値を最大にするように働く。しかし、本当に企業経営者は企業価値を最大にするように行動するだろうか?通常株式会社では、会社の所有者(株主)と経営者は別であるため、両者の利害が一致しなくなることがある。その結果として、株主の目的に沿わないように経営者が行動する可能性が生じる。このようにして生じる問題を「エージェンシー問題」と呼ぶ。このような問題は、経営者の行動を株主が常に監視することが*3) EBITDAとは、Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortizationの略称であり、「金利支払い前、税引き前、減価償却前の利益」を指す。*4) Holmström(1979)を参照されたい。*5) プリンシパル・エージェント問題の詳細な説明については、例えばSalanie(2005)等の教科書を参照されたい。できないことに起因する。経営者は、企業の業績が株主にとって望ましくないものになったとしても、自分は怠けていたにも関わらず、最善を尽くしたと説明するかもしれない。エージェンシー問題は、株主と経営者の間に存在する「情報の非対称性」に起因すると言えるだろう。エージェンシー問題は、適切なコーポレート・ガバナンスの仕組みによって軽減される。この問題は株主と経営者の利害が一致しないことによって生じるため、経営者に対して適切なインセンティブを付与することで、経営者の目的を株主のそれと合致させるように設計することで解決できる。理論的に重要な例として、経営者の報酬体系にインセンティブ報酬を含めることが挙げられる*4。すなわち、株主に大きな利益をもたらすときは大きなリターンがあり、そうでなければ何も得られないような経営者に対する報酬プランによって、経営者は一生懸命働くようになる。適切なコーポレート・ガバナンスの仕組みを考えるために、まずはプリンシパル・エージェント問題を簡単に説明しよう。株式会社の場合、株主は企業価値を最大にすることを経営者に委任しているので、株主をプリンシパル(依頼人)、経営者をエージェント(代理人)であると考える。この関係において、経営者が株主の利益を最大化することを委任されているにも関わらず、株主の利益に反して経営者自身の収益を優先した行動をとってしまう可能性がある。プリンシパル・エージェント理論は、経営者に対してどのようなインセンティブを与えれば、株主の利益となる行動をとるのかについて、経営者の報酬体系に注目して考察している*5。それではどのような報酬体系が理論的に導かれるのだろうか。経営者の努力水準が上昇すれば、プロジェクトから得られるリターンの期待値も上昇するような状況を考えよう。株主が経営者の努力水準を観察できるとき、すなわち経営者の行動をモニタリングできるときには、効率的な行動を選択するように命じることができる。他方、株主が経営者の行動を観察できない場合、すなわち経営者の努力水準を不完全なシグナル図1:ROAのボラティリティの国際比較産業調整済みROA(=EBITDA/総資産)の時系列標準偏差出所:Acharya et al.(2012)のデータを元に筆者が作成。02468101214AustraliaCanadaFranceGermanyItalyJapanSouth KoreaUKUS62 ファイナンス 2018 Nov.連 載 ■ 日本経済を考える

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