ファイナンス 2018年11月号 Vol.54 No.8
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る。これらの文献を紐解く事で、目下変化しつつある日本のコーポレート・ガバナンスと日本企業の動向について考察することには、大きな意義があるだろう。本稿は以下のように構成されている。2節では、まず企業のリスクテイクがどのような行動であるのかを簡単に説明する。次に、株式会社における株主と経営者の間の「エージェンシー理論」に基づいて、株主がコーポレート・ガバナンスに対して果たす役割を解説する。3節では、株主とリスクテイクに関する先行研究を紹介し、企業のリスクテイクに影響を与えうる要因について考察する。4節では日本企業の特徴に基づいて、リスクテイクについて議論し、最終節で本稿の議論をまとめる。2.企業のリスクテイク行動2.1.企業のリスクテイクとは企業のリスクテイクとはどのような行動を表すだろうか?まず経済学で使われる「リスク」という言葉を確認しよう。リスクとは、将来時点で生じる収益の不確実さの大きさを表す。リスクの指標として、リターンの分散あるいは標準偏差(データのばらつきを表す指標)を使うことが多い。したがって、企業が「将来リターンの実現値のばらつきが大きいプロジェクトを選択すること」をリスクテイクと呼ぶ。リスクの伴う企業行動として、設備投資・R&D投資・M&Aが想定される。なぜならば、これらの行動から将来どれだけの収益が得られるかについて確実に予測することが難しいからである。それではリスクテイクの水準は、どのようにして計測されるだろう。そのためには企業の収益を考える必要がある。財務データを利用した企業の収益性の指標として、ROA(総資産利益率)やROE(株主資本利益率)が頻繁に利用される。それぞれ投下した資本に対してどれだけの利益があったのかを示す指標である。企業のリスクテイクの水準は、このROA実現値の標準偏差で計測されることが多い*2。前述のように、企業が選択したリスクが大きくなれば、企業が実行す*2) 例えば、Acharya et al.(2012)やFaccio et al.(2011)を参照されたい。る事業から得られるリターンのばらつきが大きくなると考えられるからである。したがって、事後的なリターンの標準偏差を使って、企業が選択したリスク水準を代理している、と言い換えることができる。表1に示した仮想的な2つの企業の収益(例えばROA)を用いて、企業が直面するリスクについて考えよう。表1の2行目には企業Aの5期分のROAを載せている。それぞれの時点において、異なる数値を示しており、その数値にばらつきが存在する。このばらつきを測るために、ROAの標準偏差を計算すると、企業Aは1.1であることがわかる。同じく表1の企業BのROAを見てみると、企業Aよりもばらつきが大きいように見え、標準偏差は3.3であることがわかる。したがって、表1の例では、企業Bの標準偏差が企業Aよりも大きいので、企業Bが選択したリスク水準は企業Aのリスク水準を上回っていると解釈される。このように時系列の標準偏差を持ってリスクを計算し、この企業が選択したリスクの水準として考えるのである。次にリスクとリターンの関係について考えよう。表1の例では、企業Aのリターンの平均値は4.9、企業Bのリターンの平均値は9.0である。例えば、企業Bと同じリスク水準なのに、期待リターンが企業Aと同じ水準のプロジェクトを企業が選択する場合を考えよう。この企業が企業Aと同じだけの期待リターンを望むのであれば、企業Aと同じリスクを負えばよく、現在のリスクは非効率的であると言える。このようにして期待リターンに対応する必要最低限のリスク水準をプロットしていくと、「より大きなリターンを得るためには相応のリスクが必要である」ことがわかる。日本企業のROAの低さとリスクの関係を解釈してみよう。Acharya et al.(2012)は、リスク指標としてROA(=EBITDA/総資産)の時系列標準偏差を利表1.仮想的な企業のROA12345平均値標準偏差企業A3.75.76.23.55.34.91.1企業B3.89.97.313.810.09.03.3 ファイナンス 2018 Nov.61シリーズ 日本経済を考える 83連 載 ■ 日本経済を考える

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